第18話:悪女、かんちがい
「……イカレた魔女め。勝手に俺たちの家に住み着きやがって」
ソファに腰を下ろした金髪碧眼の美少年が、鋭い瞳で睨めつけてくる。
ヴェロニカは対面の椅子に座したまま、眉根を寄せて問いかけた。
「それで、ダルタニアン様? どうしてあなたはこの家にいらしたのでしょうか?」
夕食を終えて仔犬のブラッシングをしていたら、ダルタニアンが押しかけてきた。先日は兄弟揃ってお出ましだったが、今日は弟のソロである。
「どうしてだと? 図々しい。もともと俺の家だ」
(ソロたーにゃん。でも、欲を言うならカプで愛でたい……)
とはいえ、私服姿のダルタニアンを生で拝めるのは眼福である。普段は暗器を秘めた外套で身を包んでいるが、脱ぐと案外、肩幅がある。肩までまくったシャツから伸びる腕も、しっかり鍛えられていた。下町の不良みたいな出で立ちなのに、彼が纏うと気品がある。少年期ならではの危うげな色香が漏れ出ているのもすばらしい。
(あれ。もしかしてその恰好って、5周年イベの私服ガチャでゲットできたのと同じじゃない? わぁあ尊い!)
などと、ツンとした顔をしながら脳を沸かせていたそのとき。
ダルタニアンが低い声で問うてきた。
「お前の情夫はどうした」
「情夫、ですか?」
「悪魔の変装だと言い張っていた、あの男だ」
「情夫ではありませんが、彼なら街の外に帰りましたわ。そのように、あなたのお兄様にもお伝えしましてよ?」
本当は私の膝で眠りこけてる、コレですよ。――とは、もちろん言わない。
「……お前、何をしている」
「ペットの毛づくろいですわ」
ヴェロニカは、膝の上で毛玉のように丸くなっている黒い仔犬の背中をブラシで梳き続けていた。悪魔侯爵にしてやっていると思うと萎えるが、純粋に犬だと思えばむしろ楽しい。連日のお散歩で疲れ果てているようで、仔犬は寝息を立てて爆睡している。
(ずっと犬で良いわね、モルスは)
――と、視線に気づいた。
ダルタニアンがときおり、仔犬のほうを見ている。ヴェロニカを尋問する気で来たようだったが、仔犬に毒気を抜かれたのかもしれない。
「……ふふ。もしかして撫でたいのですか?」
「は?」
思いきり不快そうな声を出された。
「お前。ふざけるなよ」
ぎろり。と睨めつけてくる彼の凄みが一段増した。
だが、ヴェロニカは恐れない。
(……良き)
原作のダルタニアンも兄と一緒のときだけ従順で、一人になると一人前のマフィアの顔になるのだ。その落差、実に解釈一致である。
加えて言うと、実は彼が動物好きなのも原作シナリオで知っている。ヒロインである聖女アリアが、懐いてきた仔猫をダルタニアンの膝に乗せてあげるシーンだ。
ヒロインの真似をするつもりはないが、ヴェロニカは抱き上げた仔犬をダルタニアンの膝に乗せてみた。
「……おい、何しやがる、お前」
(っていう反応もあのシーンと同じね。良き良き)
ダルタニアンの膝に乗せられても、モルスはすぴすぴ寝息を立てている。
「…………ちっ。話を逸らしやがって」
毒づいているものの、膝の上の命を振り落そうとはしない。戸惑いながらも、ダルタニアンが仔犬を見下ろす瞳は柔らかかった。
目の前にいる彼の姿は、原作スチルと同じである。だが画像にはない温もりを、心の底から尊いと思った。マフィアの若頭とは到底思えない、王侯貴族めいた気品が匂い立っている。
ダルタニアンが、不意に顔をしかめた。
「もしやこの犬……魔術の生贄か?」
「まさか。ただのペットですわ」
「だが、ひどく疲れている」
「お分かりになるのですか?」
「何となくだ」
「きっと飼い方を変えたためですわ。ずっと檻で飼っていましたが、最近は外に出すようにいたしまして。まだ身体が慣れないようです」
「そうか」
ふと、ダルタニアンが気まずそうな顔をした。
「……くそ、調子が狂う」
低い声で「犬をどかせ」と言ってきたので、ヴェロニカは素直に従うことにした。
「俺はお前を信用しない。単刀直入に言うが、お前の狙いは何だ? 得体のしれない術で、俺の仲間を狂わせようとする理由は」
「……はい?」
何を言っているのか、サッパリ意味が分からない。
「狂わせる……とは?」
「しらばくれる気か。ワルプルギスの夜に、うちの幹部が暴れたのはお前が何かしたせいだろう? あいつだけじゃない。数か月前から、似たような異変を来す者が何人も出ている」
やはりサッパリ分からない。
ヴェロニカは、こてりと首をかしげた。
「なぜ、わたくしに関係が? 幹部の方が爆風魔術を放ったのは、マフィア内部の権力闘争でございましょう?」
「は?」
ダルタニアンが、思いきり目を見開いた。――お前の頭どうなってるんだ? とでも言いたげだ。
「……本気で言っているのか? どうしてあれが、そう見えるんだ」
「そうおっしゃいましても。わたくしは、幹部の方が爆風魔術を放ったところしか見ておりませんし」
ダルタニアンは、訝しげに目をすがめた。
ヴェロニカもまた、首をかしげたままパチリと瞬きを返す。……奇妙な沈黙が、部屋を満たしていった。
(え、内部抗争じゃなかったの? あれ)
マフィアと言えば内部抗争。お約束だと思っていたのに。
前世に見たコミックやアニメがそうだった。盃で結ばれた男同士の仁義と裏切り、そして縄張りを巡る抗争――あれはてっきり、そういう現場だと。
「数か月前から……とのことですが、わたくしがこの街に来てから半月も経っておりません」
「……っ」
「わたくしの身辺は、シグルド様がすでに把握しておいでです。お聞きになっては?」
ダルタニアンは、気まずそうに息を呑んだ。
「……だが、遠隔地から術を掛けていた可能性も」
「そのような魔術は存じ上げませんし、裁判や刑の執行で多忙に過ごしておりました。あなたの組織には前々から興味がありましたが、王都で得られる情報は限られており。奈落さえ知らなかったわたくしに、犯人役など務まりましょうか」
「…………」
ダルタニアンは、返事に詰まって唇をわなわなとさせていた。
取りあえず今日のところは、容疑者扱いを免れたようだ。
――だが幹部の『異変』というのは、どうにも気掛かりな話である。
(いきなり正気を失って、魔力を暴走させるなんて。まるで、『瘴気』の症状みたいね)
ヴェロニカはふと、原作シナリオを思い返した。瘴気とは、悪魔と契約した人間がやがて発するようになる『気』だ。周囲の人間を狂わせ、魔力暴走を起こさせる。原作のヴェロニカは悪魔との契約により精神を崩壊させ、大量の瘴気を発生させた――。
(ヴェロニカの影響は、この街だけに止まらなかった……街そのものが崩壊して、魔獣のように変わり果てた人々が国中で大暴動を起こすの)
悪魔の苗床と化したヴェロニカが巻き起こす、数々の災厄。それを鎮静化するのが、聖女アリアと攻略対象たちだった。
(でも、変だわ。今世の私は、悪魔と契約していないもの)
原作で瘴気が広がったのは、ヴェロニカの精神が崩壊する少し前くらいからだった。結果として街が滅び、シグルドたちは居場所を失う。
……けれど、今世はまるで違う。悪魔はほとんどペットだし、今のヴェロニカが瘴気を発することはない。だから、同じ悲劇が起こるはずがない。
「心配ございませんわ、ダルタニアン様」
ヴェロニカは、優雅に微笑して見せた。
――自分は今後も壊れないし、この街を壊すこともない。
お気に入りの魔窟を破壊するなんて、絶対にありえないのだ。
けれど胸には疑問が残る。
(原作とは別進行のはずなのに、どうして瘴気みたいな事件が起こっているのかしら……?)








