選ぶこと
二話目まで来てくれた方、本当にありがとうございます。
しばらくは連日投稿が続きますので今後ともよろしくお願いいたします。
考えごとをしているうちに店の前まで戻ってきていた。いつものガラス窓の付いた扉の前で気まずさに立ち止まった。何度も同じことを繰り返している自分が情けない。戦場では”剛毅を称える”勲章までもらったのに、勝利した今ではそんなものもう何の役にも立たない。いや、本当の”剛毅”なんて持ち合わせているなら扉の前でまごついたりしないのかも。
いやな考えを振るい落とすように頭を振って扉を開く。店内からいつもと同じ麦の香りがして、肩の力が少し抜けたような気持ちになった。財布を取るためにうつむいて入店すると、いつもとは違う声が私を迎えた。
「ポスターのおねぇちゃんだ」
見るといつもおばさんが立っているカウンターの前に親子が立っていた。びっくりして立ち止まり、まじまじと小さい男の子の綺麗な青い目を見てしまう。彼はポスターと私を見比べている。そこに描かれているのは銃を持った私。彼にもあれが私に見えるのだろうか。
「イリーナ・セレヴァさん、ですよね」
男の子の隣に立っている母親らしき女性が話しかけてくる。
「ええ、その通りです……」
好奇の目とも羨望のまなざしともつかぬ視線を浴びてじっとしていられず、視線をそらしてしまった。店内の空気が急に生暖かくなって、じっとりと汗が出てくる。男の子が興奮して話しかけてきた。
「おねぇちゃん、鉄砲は?今日も悪いやつを倒してきたの?」
悪い奴。そう言われて名前も知らない敵兵を思い出す。スコープ越しに見た顔。同い年くらいに見えた。私は引き金を引く。彼は驚いたような表情をしてバタリと倒れる。彼は何をしていたのだろう? ただ、敵の軍服を着て、そこにいた。
何か言葉を発しようとしたがのどにつっかえて出てこなかった。私が困っているのを察してくれたのか母親のほうが代わりに答える。
「もう戦争は終わったから、今はそこで働いていらっしゃるのよ」
通りの向かいの資料館を指さしながら男の子に教える。
なにも話さないのは悪いと思った私はとりあえず「今は、休憩中で、昼食を取りに」と適当に取り繕いその辺にあったパンを手に取る。彼らの後ろでおばさんが可笑しそうに目を細めてこちらを見ているのが分かる。私は顔がかっと熱くなるのを感じながらカウンターへ向かった。
「これをひとつください」
カウンターに黒パンを置くとそれを見たおばさんは肩を震わせている。それでもいつも通りの声で教えてくれた。
「30ズロチだよ」
財布から紙幣を一枚取り出しておばさんに手渡す。
「今日の分の会計をお願いします」
と、わざわざ強調して言う。事あるごとに頼んでないパンやちょっとした野菜を包みに入れてくる人だ、今回だってさっき持ち出した分の会計はしてくれないかもしれない。
「はい、おつりだよ」
そう言っておばさんは紙幣を渡してくる。70ズロチ。金額を確認した私は準備していた紙幣の束をカウンターにおいて言った。
「先ほどの分も置いておきますね」
そう伝えるとおばさんは残念そうな顔をしていたが、受け取ってくれた。ようやく肩の荷が下りたような気持ちでいると後ろから楽しそうな話し声が聞こえてくる。
「今日もこっちにしようよ!」そう言う元気な声に対して、落ち着いた声が答える。「毎日は買えないわよ?」少々あきれたような声。明るい雰囲気につられて私は振り返る。「でも白いパンの方がおいしい」そう言って男の子が抗議する。「毎日白いパンは買えないわよ……」そう言って困っている母親におばさんが声をかける。
「坊や、黒いパンを食べてると強くなれるよ」
そう言っておばさんは私の方を見る。つられて親子の視線も私の方を向く。自分に視線が集中して目の前の景色が霞んでいく。私は何を求められているのかわからず、返事に一拍の間があいた。
だんだん目がはっきり見えてきて、私は男の子に向かって少しかがんで買ったばかりの包みの中身を見せた。「毎日買ってるよ」と精一杯の笑顔で伝える。すると彼は険しかった表情をみるみる緩めて「こっちにする!」と元気よく言った。
眼だけを動かしておばさんの様子をうかがう。にこやかに男の子を見ている。”よかった、合ってたみたい”私はほっとしてまた親子に意識を向けた。
「ありがとうございます」私に向かって丁寧にお礼を言ってくる母親にびっくりしたが何とか表情には出さずに応答できたと思う。不自然なほど満面の笑顔で応じた私は、腕時計を見て時間を確認するふりをしてやっとのことで店を後にした。
資料館に戻る道すがら、私は今まで考えたこともなかったことに思い当って足を止めた。
”白いパンの方がおいしい”か、考えたこともなかったな。私はメモ帳を取り出して一行"選ぶこと"と書き加えた。これでまた一歩”普通の生活”に近づける気がした。
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。




