教えること
続けて読んでくださり感謝の極みです。
本当にありがとうございます。
パン屋を出て向かいの軍の基地内に資料館がある。ゲートに立っている若い守衛が私を見るなり身分証も確認せずに笑顔で敬礼してきた。私は身分証を取り出して掲げ、なんとか笑顔を作ってゲートを通り抜ける。
敷地の外縁には、まるで外側からの視線を遮るように植えられた生垣。その内側に入るとまず朽ちた戦車が目に付く。その横を通り過ぎる形で伸びる真新しい舗装路。奥にはひときわ立派な建物がこちらを威圧するように立っている。
”我らの勝利と英雄の記念館”仰々しい名前の建物が今の私の持ち場。正直、ここは苦手だ。
朽ちた戦車の奥に職員入り口へ続く小道がある。資料館の壁と戦車に挟まれて見えにくい上に、職員入口に向かう道だからいつも誰ひとり通っていない。私はいつも通りその小道に入る。
小道から見える戦車には大量の落書きが目立つ。あの落書きは好きだ。終戦の第一報を聞いた時を思い出す。誰もが安心して地面に倒れこみ、銃や大砲を撃ちまくり、兵器に落書きを始める者もいた。
建物の裏にある驚くほど質素な職員入り口を開けると、さび付いた扉がうっとおしい音を立てる。私はいつも通り速足で一直線に”持ち場”である第二資料室に向かった。無機質なリノリウム張りの廊下を歩きだすと、ここ数か月でできた私の”同僚”が突然話しかけてきた。
「イーラ、休憩は一時間あるんだぜ?ご帰還には早くないか?」
コミッサールの制服に”アレクセイ・ソバキン”と書かれたネームプレートを付けた私と同い年のその青年に、私は表情も変えずに返事をする。
「早い分にはいいでしょ?」
彼ら”政治将校”はひたすらルールにうるさい。それにかかわるとろくなことがない。今も、昔も。
「まぁ、確かに”休憩を早めに切り上げるな”なんて指令はないけどな」
ぼやいているソバキンを無視して私は第二資料室のドアを引く。室内に入りきる寸前、ソバキンが慌てた様子で伝えてくる。
「明日来る新任将校にイーラが戦争について語る予定、なくなったから」
面倒が減ってよかったなとでも言いだしそうな口調で彼は私に伝えた。私は立ち止まって彼を見て、その熟れてない瓜みたいな顔に向けて力なく答えた。
「わかったよ」
そう言って私は部屋に入り、背後で扉がバタンと閉まる音をぼんやりときいた。理由はよくわかっている。一年前のことだ。
同じように新任の少尉たちに戦場でのことを語る場が設けられた。私は彼らが前線に出る可能性を信じたくはなかった。それでも彼らの為に、ここでは生き抜くすべを語って聞かせようと思った。私の語れるすべてを。
思い出すのを拒む自分の頭を無理に動員して、何日も前から準備した。語るべきことを箇条書きにした。
食料の補給はいつも来るとは限らないから。
”食料が欠乏した時に革製品を煮て食べること”と書いた。
負傷から回復した者が武器に困って無謀な行動をとっては困るから。
”負傷者を担ぐときは武器ごと担ぐこと”と書いた。
倒れた者の扱いを迷っては困るから。
”流れた血で凍り付き、足に張り付いたブーツを脱がせる方法”と書いた。
当日、私は何もかも分かりやすく話した。語って聞かせた後は新任たちも、教官でさえも真っ青になって拍手も起きなかった。私は彼らを気の毒に思ったが、役に立つ情報を伝えることができたと誇らしく思った。
その一件の後すぐ、私は資料室へ転属となった。その後しばらくして新しくコミッサールがやってきた。私は恣意的なものを感じて何か間違えてしまったのだと感じた。
ここで私は資料の整理という名目で報告書に目を通し、リストに該当する内容を黒塗りにしている。こんな地方の部隊の報告書など参照されることもないからか、この部屋には私しかいない。今日もまた誰かの人生に目を通す。そして塗りつぶしていくのだ。我が軍の規律の乱れを、誤射事件で亡くなった人を、捕虜となった人たちを。
うんざりだ。この場所も、こんな仕事も。外で英雄扱いされることでさえも、私を孤独にする。
昼休憩が終わっても仕事が手につかず。ただ窓から外を眺めた。窓の外には二年前より格段に美しくなった風景が広がっていた。




