45 魔導の第一歩
わたくし達は、ずっと夢を見ている。
お互いが寂しくならない夢。
孤独に蝕まれずに、ただの「兄と妹」として支え合って生きていける、そんな夢を。
「……ごめんなさい、オルフェウス様。なんだか、少し寂しくなってしまったの。また新しく環境が変わったせいかしら。あ、三つ編み結ばなきゃ。パンは目の前にあるから、食べてくださいね。」
「……ふふ、ありがとうシャロン。いいんだよ、慣れないことが続いたからだろうし、寂しいなら私に頼ること。君に寄り添えるのは、私だけなのだから。」
(そう、お兄様だけ。)
(そう、私しか君の孤独を共有できないんだよ。)
「それで、今日は何をするつもりなんだい?」
再び何も無かったようにオルフェウスの髪を結び終え、彼と一緒にパンを頬張っていたシャロン。
そんな彼女の「何もなさ」に合わせたのか、オルフェウスがいつものように尋ねる。
「今日はですね……この間買った魔導書があったでしょう?あれから結局読めていなかったから、魔導の素質があるとアーベル公も仰っていたことだし、試してみようかと。」
「ああ、そうなんだね。私もやってみたいのだけれど、君がある程度習得してから教えてもらう方が良いのかな。それとも隣で一緒にやって良いかい?」
「もちろん!オルフェウス様が一緒にやってくださるなら、それほど心強いことはありませんわ!」
「ふふ、じゃあ一緒にやろうか。」
「それと料理を……」
「噂では材料があれば料理をしてくれる魔導機械があるらしいから、それを買おうね。」
ギルドの近くの路地にあった大きな魔導機械店で、料理ができる魔導機械を買った2人。
「もう、こんなものがあると知っていたら、いの一番に買いましたのに!……これ、シェフの方に反対されませんの?」
見た目は小柄ななんの変哲もない鍋なのだが、材料を入れて側面に現れる身分証のホログラムのようなメニュー表に触れることで、食べたい料理になるらしい。
なんて便利なのだろう。
便利すぎて手料理が衰退するのではとシャロンは不安になったのだが、その懸念は魔導機械店の店主である小柄な老人に笑い飛ばされてしまった。
「ほっほっほ。いつの世も、『人が作ったもの』に一定の需要はあり続けるものじゃよ。特に我がサダルカマド王国のように魔導が発達している国ではな、時々無性に手作りが生み出す微妙な差異が欲しくなるんじゃ。飲食店は自分の手で作っているところしか出店出来ない、という法律もあるしのう。」
シャロンはサダルカマド出身のグルメリポーターが多い理由が分かった気がした。
早速お昼にウインナーポトフを作ってみたシャロン。
「お、美味しいのだわ……。手軽で美味しい、これが銅貨500枚で得られるなんて……。」
「レシピに触れると音声が聞こえるのもすごいね。私でも作れるということだ。やってみたいな。」
「では晩ご飯はオルフェウス様にお願いしようかしら。」
「ふふ、材料を入れるのは得意なんだよ。」
「あ!わたくしもですわよ!」
朝の壊れそうな雰囲気は微塵も感じなかった。
どうやら魔導が使えるようになれば、洗い物も『洗浄魔導』で出来るようになるらしい。
先日購入した魔導書には、水からお湯がになるまでの間、外気温のせいで極寒の水に耐えなければならないシャロンからしたら天国のような魔導の項目が載っている。
応用すれば体にも使えるようで、これは早急に覚えたい魔導である。
「えーっと、まずは、体に巡る『マナ』ーー魔導を使うための手足のようなものーーを自覚すること……?マナってなんですの、知らなさすぎる概念ですわ!」
「マナ……なんだか抽象的なものだね。」
食後、オルフェウスとテーブルを囲んで魔導の勉強を始めたシャロン。
しかし、魔導の根幹である『マナ』が何か分からず困り果てていた。
オルフェウスも困ったように眉を下げている。
「なになに?この世界には人間の中から発生する内的な『マナ』と、自然界に溢れる『オド』があって……うーんここは飛ばしていいですわね、……『マナ』は血液のようなもので、心拍に耳を澄ませるように集中して全身を巡っているものの想像をしてみてください……?」
「ふむ。自分の体を流れる、ということは自分に針金が入っているというイメージなのかな?」
オルフェウスとあーでもないこーでもないと議論しながら、2人は数時間かけてようやく手を流れる『マナ』を感じることに成功した。
「つ、疲れたのだわ……。未開の地の文化を一気に叩き込まれた気分ってこんな感じなのかしら。」
1日で上半身でマナを感じるまで出来るようにはなったが、とても集中力が必要なようで、シャロンはだらしなく机に突っ伏す。
対してオルフェウスはいつものように穏やかな笑みを浮かべており、疲れが全く見えない。
それどころかイキイキしている。
「……。これが『マナ』か。川のような怒涛の流れを想像していたけれど、どちらかというとこれは軍隊の隊列のようだね。とても整然としている。」
「たし、かに……?いえ、ごめんなさいよく分かりませんわ、その例え。」
「うーん?」
(お兄様、まさかの例え下手……!いえ、これはわたくしが理解できていないだけ?でも体の中に軍隊とか、よく分かりませんわ。)
オルフェウスのことを知れたのは嬉しいが、まだ基礎編の冒頭3ページである。
フィリップやメーニャを殴るまではまだまだ遠そうだ。
「オルフェウス様、マナの流れを感じられるだけでなく、望んだ場所に望んだ量を放出できるようになってからがスタートらしいですわ。道のりは長いですが、一緒に頑張りましょうね!」
「ふふ、そうだね。」
優しげな笑みを深めたオルフェウスは、シャロンの机と一体化している頭を優しく撫でた。
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