43 初めての夜
「……シャロン?2階の個室は2つだけだと言っていたよね?何故私とシャロンの部屋という分割ではなく、寝室とそれ以外になっているのか聞いても?」
疲れた疲れた、と連呼するシャロンに買っておいた晩御飯を食べさせ、寝かせるために2階に上がってきたオルフェウス。
「ベッドはここに置いてますの」というシャロンの説明にベッドを触って確認していたオルフェウスは、明らかにシングル1つではない幅に顔を引き攣らせながら言った。
「え?お兄様、あ、オルフェウス様と一緒に寝たいからですわ。夫婦ですし、ホテルでもずっとそうだったではありませんか。」
ケロリとした顔で答えるシャロン。
何が悪いのか本気で分かっていなそうなその言い分に、オルフェウスは頭が痛くなる。
「シャロン……。はぁ、せめてベッドの間は離そうか。間にテーブルランプでも置けば良いかな。」
「何故ですの!?オルフェウス様、そんな、酷いわ……」
愕然とした表情のシャロン。
そんな彼女に気づかず、いや気づいていたとしても無視して、オルフェウスはガガッとベッドを分ける作業を始めた。
「酷いのは君の方だろう……。本当なら部屋を分けて欲しいくらいなのだけれど?」
ざっと40センチほどベッドを離したオルフェウスは、シャロンの方を振り返って苦言を呈した。
「何故!?やっぱり、わたくしのことがお嫌いなのね!?そうなんだわ、本当はわたくしのことなんて何とも思ってないのよ!」
ヒステリックなシャロンの叫びに、初めてイライラしたようにオルフェウスが眉根を寄せる。
いつも穏やかな彼にしては珍しい表情に、シャロンの喉がヒュッと鳴る。
怒らせてしまった。
「シャロン、それ本気で言っているの?それとも私を煽るため?どちらにせよ、君にとって良い結果にはならないと思うよ。」
感情を乗せずに淡々と喋るオルフェウスは、暗がりということもあり、とても迫力があって怖い。
先日のプロポーズ騒動以来の恐ろしいお兄様である。
「ご、ごめんなさ……」
「シャロン。」
シャロンが怖さで泣きそうになっていると、突然、オルフェウスに静かに名前を呼ばれた。
同時に、ギュッと腕の中に抱き込まれる。
「シャロン。君はこの状態で、私から逃げられる?全力で暴れてみてよ、試して。ねぇ。」
「へ?」
「放心していないで、ほら。私はほとんど運動してこなかった男だよ。ここから逃れるのは簡単なはずだけれど。」
急に始まった何かに混乱しつつ、シャロンは言われた通りオルフェウスの腕の中から離れようと体を動かす。
しかし、オルフェウスの腕はびくともしなかった。
(なんで!?お兄様の腕、心配になるくらい細いのに!腰だってコルセットをはめているのかしらと思うくらい細いわ。なのに、何故逃げられないの!?)
最初は遠慮がちに腕を外そうとしていたシャロンも、途中から怖くなって全力で体全体でジタバタと逃れようとする。
それでも抜け出せない。
なんだか怖くなってしまって、兄が全く知らない別の生き物のようで、しばらく格闘していたシャロンは遂に泣き出してしまった。
「……よしよし。ほらシャロン、君は私に体を押さえつけられたら抵抗できないんだ。女性と男性ではそれだけの力の差があることが理解できただろう?夫婦が、いや男女が共寝をするということはね、こういうことがあり得るということだ。君が嫌でも、私が無理やり君に迫るかもしれない。その時、君は拒絶できるかい?出来なかっただろう?だからね、不必要に無防備な状態を男に見せないこと。分かったね?」
今までは兄妹だと言い聞かせて、不特定多数の目があるホテルだったから耐えられたんだ。
それがこんな一つ屋根の下で私達しかいないとなれば、わたしの理性にも限界があることを理解しておいた方が良い。
オルフェウスは小さい子どもに言い聞かせるように、嗚咽を漏らすシャロンの涙を指で拭いながら、静かな口調で話しかけ続ける。
「私達は夫婦になれたね。それは何故か分かるかい?君と私の戸籍がまっさらになったことで『シャロンとオルフェウスが血縁である』証明ができなくなったからだ。でも私達が血のつながった兄妹であることは、私達が一番よく知っているだろう?」
「そうだね、もし仮に私が君に無体を働いたとする。そして結果、君に子どもができたとしよう。兄妹間で出来た子どもは約40%が奇形や障がいをもって産まれる。そもそも死産や流産なことだって多いんだ。君は目が見えない私という障がい者を抱えた上に、さらに障がいを持って産まれる可能性の高い子どもを産むのかい?」
産みたくないなら堕ろすという選択肢もあるけれど、君は子どもを堕ろせるかい?
もし堕ろしたとして、君の心身は傷つかないと言える?
「ねぇシャロン。私はシャロンのことが何よりも、一番大事なんだ。だから君に万が一にも危害を加えたくない。君が兄と一緒に寝たいのはわかる。でも私達は立派な男女であることも理解して欲しい。君のことが嫌いだなんてありえないよ。私はシャロンのことを愛しているからこそ、不用意に触れられる環境を作りたくないだけなんだ。分かってくれる?」
ポツポツと、しかしはっきりとした意思で語られた言葉にシャロンはまた涙が止まらなくなる。
(わたくしが無神経だったのだわ。お兄様は沢山考えてくれているのに、わたくしは傍に居られないだけで駄々をこねて。)
「……ごめんなさい、お兄様。わたくし、そこまで考えていなかったわ。お兄様と一緒に暮らせるんだって、2人でいられるんだってそのことばかり考えていたの。」
「うん、私も君と一緒に過ごせるのはとても嬉しいよ。」
「でも、これ以上はダメなのね。わたくし達は兄妹だから。……今だけは、お兄様とわたくしが血の繋がった兄妹なことが恨めしいですわ。今までこんなこと、思ったことも無かったのに……」
そのまま泣き止まないシャロンに、オルフェウスが諦めたように1つため息を吐く。
「……シャロン、今日は一緒に寝よう。君が1人で泣いてるかもしれないと思うと気が休まらないから。だけど、明日からは別々で寝るよ、良いね?」
「……分かりましたわ、お兄様。それと、ありがとう。こんなにわたくしのことを大事に思ってくださって。」
その言葉を聞いたオルフェウスは、微笑んでポンポンとシャロンの頭を撫でた。
「ふふ、だって可愛い可愛い妹で大事な奥さんのことだからね。」
倫理観がほぼ存在しない作者の中の譲れない部分です。
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