42 入居
5日は、意外と早く過ぎるものだ。
ギルドに魔導の練習に関して相談に行ったり、料理に初挑戦しようとしてオルフェウスに「刃物は危ないから」と止められたたりしているうちに、あっという間に新居の準備が整ったとアトリーから連絡があった。
「いやぁー早いものですね、アハハ……。では、ご入居おめでとうございます、今後ともご贔屓に、ええ、鍵はこれ、ハイ合鍵もお渡ししときますね、魔導機械の更新や水回りなんかも請け負ってますから、なんでも仰ってください、アハハ……」
朝早くにシャロンとオルフェウスはアトリーと共に、見るからに綺麗になった新居にたどり着いた。
改めて見ると、周りに家もなく静かで落ち着く場所だ。
「アトリー、この短期間でどうもありがとう。トラブルがあったらまた相談させていただくわ。」
「ありがとう、アトリー君。聞いたよ、角になっている部分に緩衝材を付けてくれたって。君の気遣いに感謝を。」
「アハハ、いや、全ての人が過ごしやすく、がボクのモットーですからね、えへへ、いやどうも、こちらこそ!」
アトリーは大きな体を横に揺らしながらギルドに帰っていった。
アトリーの姿が見えなくなるまで玄関に立っていた2人。
気を取り直して家に入ろうかとシャロンが思ったところで、オルフェウスに話しかけられる。
「さて、と。シャロン、アレ、やろうね。」
「アレ、ですか?」
(なんだったかしら。何かやることあった?)
「そうだよ、ちょっと鍵を貸してくれるかい?」
そういうなり、オルフェウスはシャロンの答えも聞かずに家の鍵を彼女の手から取り上げ、ドアにさして鍵を開ける。
ガチャリ。
「おにい、オルフェウス様?」
シャロンは首を傾げっぱなしである。
「よし、こうしてドアを開けて…。止まったね?うん、シャロン、こっちにおいで。」
数メートルの距離を手招きされ、シャロンはよく分からないまま従う。
目の前に見えるのは、新居のクリーム色の壁と全開の玄関ドア、そして玄関である。
「ねえお兄様、アレってなんですの……きゃあッ!?」
急な浮遊感。
オルフェウスに抱き上げられたと気づくのに、シャロンは数秒を要した。
「ほらシャロン、首に掴まらないと落ちてしまうよ。」
「おおお、お兄様、なんでお姫様抱っこなんて……!」
「ん?風習であるだろう?花嫁が新居に入る時、玄関でつまずいては凶兆だからって、こうして抱き上げて屋内まで連れて行くんだよ。君は花嫁でここは新居。しない理由がないと思わないかい?」
そう言いながら、オルフェウスは困惑するシャロンの頬に軽く口付けると、一歩踏み出した。
家の中に入って10歩ほど歩いたところで、オルフェウスは立ち止まった。
「ふふ、着いたよシャロン、可愛い奥さん。私にずっと抱き上げられたままでいいのかい?」
「……幸せすぎて死んでしまいそうですわ……」
シャロンはギュウギュウとオルフェウスの首に抱きついていたが、無情にもオルフェウスに下ろされてしまう。
しかもおでこへのデコピン付きで。
「イタッ!……お兄様!」
「こら、不吉なことは言わないこと。……シャロンには私の妻としてのことを、何もしてあげられていないからね。せめてこの風習だけはやっておきたくて。ふふ、いつか結婚式もやろうね。」
シャロンの身長に合わせて軽く屈んだオルフェウスは、吐息の多く混じった声で言うと、今度は唇にキスを落とす。
(お兄様が、キスを恥ずかしげもなくするようになってしまわれたわ……!この間まで、「1日3回以上は認めないから!」とお顔を真っ赤にしていたのに……!)
慣れたのか鮮やかな手腕でされる口付けに、シャロンは嬉しいような複雑な気分である。
「それよりお兄様、わたくし式はしなくて良い……」
「何を言っているのかなシャロン。君のウェディングドレス姿をみたいと思っていたのに。」
「やりましょうお兄様。式場予約は激戦区と聞きます、すぐに下見に行きましょう。」
「ふふ、嬉しいなぁ。」
オルフェウスの望みならば、10着でも20着でもドレスを着ようではないか。
そう意気込んだシャロンは、ちゃっかり結婚式の話に乗せられているとは気づいていなかった。
新生活1日目はこんな風に和やかに……とはいかなかった。
頼んでいた棚やらベッドやら食器やら、ありとあらゆるものが運び込まれてきたからだ。
「奥さーん!この棚はどこに!?」
「それは2階の手前の部屋へ運んでくださる!?……ああ、お皿はその辺りに邪魔にならないように置いておいて!」
家の中は早速、ひっくり返したように大騒ぎになった。
専門ギルドのメンバーや店舗の従業員が入れ替わり立ち替わり、バタバタと走り回る。
シャロンも監督として方々を引きずりまわり、一息つけたのはとっぷり陽も暮れた後だった。
「はぁ……疲れたのだわ……」
燃え尽きたと言わんばかりに、備え付けられたばかりの椅子に座り込んだシャロン。
そんな彼女に、オルフェウスが申し訳なさそうに声をかけた。
「ごめんね、シャロン。全て君に任せきりにしてしまって……」
オルフェウスは目の関係上レイアウトに関して口を挟むことができず、彼が出来たことといえば、邪魔にならないよう隅で小さくなっておくことだけだった。
(大口を叩く割に、私はただのお荷物でしか無いな……)
今日だけで何度そう思ったことか。
(いや、シャロンの方が明らかに負担が大きいのに私が落ち込んで終わり、というのは彼女に失礼だ。何か出来ることを探さないといけないな……。やはり、魔導を学ぶのは早めの方が良いかな。)
オルフェウスは「疲れましたわお兄様〜」と言いながら抱きついてきたシャロンをあやしつつ、自分を有効活用出来る方法を考えるのだった。
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