41 お買い物
しばらく2人の甘やかな時間を楽しんだ後、シャロンとオルフェウスはランチを食べ、その足で家具を見に行こうとしていた。
「……あら、『魔導入門書』?」
こじんまりとした本屋の前を通りがかった時、シャロンがだしぬけに声を上げた。
「そんな本があるのかい?……え、本?」
オルフェウスは驚いたように立ち止まる。
よく見れば、シャロンも驚いている。
「「本が、こんな街中に売っているの?」」
本。
文字が書かれた紙を一つに閉じた塊のことだが、これを読むには大前提ある能力が必要となる。
そう、文字を読む能力である。
ロノヴァン王国で人気なのは吟遊詩人や劇場。
なぜ人気かと言われたら、街ゆく人はこう答えるだろう「だって、私たちは字が読めないからね」と。
文字は読めないが物語は好き。
なら、それを語って聞かせてくれる吟遊詩人や舞台に人気が出るのは当たり前だろう。
「サダルカマドはこんな街中に本屋があるくらい識字率が高いの……?」
シャロンは呆然としながら言う。
(ロノヴァン王国では貴族か僧侶でなければ読めないのに!)
もしここがロノヴァンなら、本屋の代わりに代筆屋が軒を連ねていることだろう。
平民を貶めている訳ではないが、軽いカルチャーショックである。
「お兄様、この本は買いましょう。もしかしたら、大公領唯一の本屋かもしれませんわ。」
「そ、そうだね。本屋が建つくらいには需要があるってことは、それだけ識字率が高いんだ。改めてだけれどすごいね、この国は……。」
2人でこの国の常識に殴られながら本を買う。
「この一冊でいいのかい?魔導を学びたいのなら、この『魔獣でも分かる!5分で身につく魔導〜初心者編〜』も合わせてどうだい?今なら2冊で銅貨40枚にしとくよ。」
「2冊で?銅貨40枚?すっごく安いわね?買うわ。」
ロノヴァン王国では写本が当たり前なので人件費が高く、銀貨1枚などザラにある。
あまりの文化の違いに、シャロンは泡を吹いて倒れそうだった。
「買ってしまったのだわ……。」
シャロンは自分がどうやって本屋から出てきたのか分からない。
本屋は壁という壁に本が並べられ、書かれている字も手書きではなく、魔導機械で紙に印刷?されているそうだ。
(印刷って単語、初めて聞いたのだけど。つづりは?どうやって書くの?)
もう家具を買うどころではない。
シャロンの頭の中はパンク寸前、グルグルである。
「シャロン、シャロン、とりあえず本から離れようね?本来の目的を忘れてはいけないよ。その本はホテルに戻ったら読んでみよう。」
そんな彼女にオルフェウスが困ったように話しかけてくれなかったら、本から思考が離れられないところだった。
「ハッ!そうですわねオルフェウス様、ごめんなさい……。あまりの違いに脳が追いつけなくて……」
シャロンはシュンとして頭を下げる。
そんな彼女の頭を宥めるように撫でたオルフェウスは、優しい声で言った。
「ふふ、シャロンもビックリすることはあるよね。私も驚いたのだけれど。君は普段はキリリとしている事が多くて、あまり見ない雰囲気だったから新鮮だったよ。……気を取り直して、家具を見に行こう?」
「はい!……ふふオルフェウス様、ベッドはダブルにしましょうね!」
「シャロン、シングル2つだからね。」
数時間後。
シャロンとオルフェウスの2人が家具屋を出た時には、外はすっかり夕方になってしまっていた。
「えへへ、たくさん買いましたわね!わたくし、あの藤のタンスすごく気に入りましたわ!カトラリーもとりあえずは調達できましたし……」
(ベッドはシングル2つなことだけが、とっても不満ですけれど!ホテルでもダブルベッドで通されていたのですし、ダブルで良いでしょうに……お兄様ったらシャイなんだから。)
「柔らかい枕が買えて良かった。ホテルの枕は少し硬いなと思っていたんだ。」
そう言うオルフェウスは、小脇に包装された枕を抱えている。
「もう、我慢なさらず言ってくださればすぐに買いに行きましたのに!」
(不満2つ目はこれよ!お兄様は何にも言ってくださらないんですから。枕はかさばるものでもないのだし、早く言って欲しかったですわ。)
なんだか信用されていないようで、シャロンは不満である。
そんな彼女に気づいていないらしく、オルフェウスはシャロンと繋いだ右手をギュッと握り直す。
「なんだかんだ毎日忙しかっただろう?だから、ゆっくり出来るようになったら買おうと思っていたんだ。それに、こんな個人的な好みにシャロンを付き合わせるのも憚られたからね。……あ、シャロンは私にやりたいことや欲しいものを遠慮なく言うんだよ?可愛い妻のお願いは優先事項だからね。」
「わたくしも大好きな旦那様のやりたいことや欲しいものは優先事項ですわ!お兄様は、ご自身がいかにわたくしに愛されているか自覚していただかないと。」
プリプリと怒るシャロンに対し、微笑みが止まらないオルフェウス。
「その言葉、そっくりそのままお返しするよシャロン。君は時々、酷く無自覚なことがあるからね。私が君を言い表せないほど深く愛していることを忘れないように。いいね?」
「わたくしだって、そのくらい……うう、はい、分かりましたわ……」
負けじと言い返したものの、シャロンはオルフェウスのストレートな物言いがジワジワと来たらしく、ついには顔を真っ赤にして震えてしまった。
「ふふ、シャロンは良い子だね。」
そんなシャロンを見透かすように、オルフェウスはシャロンの顔を隠すフードをさりげなく被りなおさせながら、うっそりと笑ったのだった。
ごめんなさい、作者の癖のせいで兄呼びがいつまでも直りません。でもだってこの2人は夫婦である前に兄妹なんですよ!?と作者の心が叫んでいます。
名前呼び派の方には申し開きのしようもございません……。
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