40 帰る家
その後もアトリーは、寒い地域特有の住居の工夫なんかを教えてくれた。
その熱弁する様子からは、彼が仕事に熱心らしいことが分かる。
「おにい……オルフェウス様、どうですか?わたくし、とても気に入ったのですけれど。特にドアで区切られていないから、オルフェウス様が家の中を歩き回りやすそうだなと思って。」
シャロンがアトリーの説明を受けている間、オルフェウスは静かに黙ってシャロンの横に付いているだけだった。
うんともすんとも言わないので、シャロンはオルフェウスが実はこの家を気に入っていないのではないかと不安だったのだ。
「……ああごめん、私も気に入っているよ。私は君の目を信頼しているし、何よりシャロンが私のことを考えてくれての判断だから。……ふふ、明るい所だね、ここは。」
オルフェウスが珍しく、長い銀のまつ毛に縁取られた目を少し開いて、虚ろな紫の瞳に感じる光を楽しむように微笑む。
「ええ、明るいでしょう?これからの新生活にピッタリだと思いませんか?」
シャロンはつつ、とオルフェウスの隣に寄り添って、愛しい兄であり夫の美しい顔をうっとりしながら見上げる。
こうして並ぶと2人は独特の空気を持っており、なんとなく犯しがたい雰囲気がある。
が、そんな空気をものともせず、セールスに熱を上げる男が1人。
「そそ、そうです!ここは採光率も高くて、自信を持ってオススメできますよ、ほら、オプションで温室でも建てればお花も楽しめますし!」
口から泡を飛ばす勢いで喋るアトリーに対し、彼にはバレないくらい僅かにシャロンは眉根を寄せる。
(……アトリーは少し黙ってくれないかしら。わたくしとお兄様の間にある心地よい静けさを邪魔してくる人間なら、全くいらないのだけど。)
スノーリナベルの家ではメーニャや義弟のランドルフにあの手この手で虐められていたが、それは家や社交界で孤立するよう仕向けられていただけで、オルフェウスと2人でいたいシャロンとしてはありがたいくらいだった(兄に危害を加えるのは許していなかったが)。
その点、アトリーは逆だ。
シャロンとオルフェウスの仲を仕事とはいえ邪魔してくるなど、許されざる所業である。
そんな怒りを心の底に押し込めて、シャロンは殊更ニッコリとアトリーに微笑みかけながら言う。
「アトリー、この家に決めたわ。契約書類と前金等費用の説明と、諸々全部まとめたものを用意してくださる?」
アトリーはトントン拍子に進んだ契約に一瞬放心していたが、すぐに立ち直って脂の乗った顔を輝かせてずい、と前に乗り出してきた。
「は、はい!ありがとうございます、本当、えへへ、これは良い報告ができましたね!ギルドに戻ったらすぐにご用意いたしますよ、でへへ、いやぁーありがたいなぁ!」
「え、ええ。すぐに戻りましょう。なるべく早く入居したいの。」
(いくらお父様からの「手切れ金」と服を売り払ったお金があるとはいえ、ホテル代もバカにならないのよね。……お金の心配をするなんて、伯爵令嬢だった時は考えたこともなかったわ。)
行きの緊張した面持ちと違って、帰りはアトリーの独壇場だった。
ペラペラと頼んでもいないことをひたすら喋り続けるのだ。
「いやぁハハ、一目拝見した時から良いお客様だと思いましたよ!リフォームもぜひ我がギルドで!え、いらない?いやいや奥方様、それなら家を綺麗にクリーニングするだけでも、……いや全然違いますよ!なんてったってプロが丁寧にお掃除させていただくんですからね、やってみたら良かったわってなりますって、アハハ……」
陽気になったアトリーにアレコレ頼んだ結果、最終的にハウスクリーニング代を含め、値切り交渉する前より金貨15枚安く買うことができた。
土地代含めである。
(意外と安く買えた!まさか元値より安くなるとは思わなかったのだわ。そこはアトリーのおかげね。……黙ってくれないかしら。)
そこからは早かった。
アトリーはすぐにハウスクリーニングの予定を入れてくれたため、5日以内に入居できるらしい。
シャロン達自身も、ローンを組むことなく父の手切れ金からポンと出せばいいだけだったから、すぐにお金を払うことができた。(金貨がジャラジャラと出てきた時は、アトリーも流石に黙ってごくりと唾を呑んでいた。)
ついに、誰にも邪魔されることの無いシャロンとオルフェウス2人だけの世界が出来上がるのだ。
「お兄様!食器でしょう、棚でしょう、服もベッドも、机も、色々買いましょうね!」
契約を済ませギルドから出た瞬間シャロンはオルフェウスに抱きついてーーほとんどタックルだったがーー、はしゃいだ声で言った。
オルフェウスは急に抱きつかれてよろめいたものの、ギリギリ踏みとどまって、胸元にグリグリと顔を埋めるシャロンの頭を撫でた。
「ふふ、そうだね。まずは家具を見に行かないかい?ベッドや棚は重くて運べないからね、早めに頼んでおいた方がいいだろう?」
「そうしましょう、お兄様!……やっと家が出来るようになるのですね。帰ったらお兄様がいらっしゃって、暖かくて、他には誰もいないから邪魔もされない、安心できる場所……。ふふ、帰る場所があるって素敵なことですわね。」
「可愛いシャロン、私が君の帰る場所だからね。」
少し乱雑になったシャロンを撫でる手と、低い声。
オルフェウスの心情に理解が及んだシャロンは、クスクスと笑いながら顔を上げ、兄のサラサラした髪と頭を撫でる。
(やっぱり眉間にシワが寄ってらっしゃるわ。可愛い!)
「ふふ、お兄様、お家にまで嫉妬なさるの?当たり前でしょう、お兄様がいない家はわたくしの帰る場所ではありませんわ。お兄様も、もちろんそうでしょう?」
「そんなの君は尋ねるまでも無いよ、シャロン。私は君がいないとダメなんだとずっと言っているだろう?」
2人はよく似た笑顔をお互いに向けると、どちらからともなく、そっと唇を重ねた。
所持金貨:現在672枚(円換算約1億6800万円)−住居費諸々(金貨120枚:約3000万円)=残り(金貨550枚:約1億3800万円) ※金貨1枚=約25万円
所持金は適当に決めたのですが、思ったより多くて震えております。中古物件の値段は適当です。
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