39 内部見学
「いらっしゃいませ……あ、内部見学のご予定でしたね。担当の者が直ぐに参りますので、少しお待ちください。」
「よろしくね。ふふ、楽しみですわねお兄様。」
今日は新しい家、になる予定の場所を見に行く日。
シャロンとオルフェウスは2、3日前よりもっとあからさまにニコニコとしながら、指を絡め合う握り方をしてギルドにやってきた。
「うん、君が過ごしやすい所だと良いのだけれど。……それより、私のことをオルフェウスとは呼んでくれないの?ずっと思っていたけれど、君は兄と呼ぶ方が好きなのかな。」
ソッとオルフェウスの頭が降りてきて、シャロンの耳元で囁く。
耳に微かにかかる吐息がくすぐったくて、シャロンはクスクスと笑いながら言った。
「ふふ……。生まれてから17年、ずっとお兄様と呼んできたのです、すぐには慣れませんわ。それに……」
(実の兄でない、例えば社交界で会った赤の他人同士なら、こんなに好きだったかどうか分からないのだもの。)
「それに?」
言葉を区切ったシャロンに違和感を覚え、オルフェウスがおうむ返しに尋ねる。
シャロンのすうっと細めた目には気づく由もなく。
「ああ、すみません遅れました!アムンゼン子爵別荘の内部見学をご予約された方ですね?ハハ、今日はねぇ、どうぞよろしくお願いします」
と、ここで無粋な邪魔が入った。
少しムッとしながらも顔は相変わらず穏やかな笑みを浮かべながら、オルフェウスは声のした方向に体を向けた。
「申し送れました、アトリーと申します。このギルドで不動産……というか、建築関係の何でも屋をしていて。もう雑用みたいな扱いで参っちゃうなぁ、なんて……アハハ……」
目の前のアトリーと名乗った、小太りで走ったのか汗ばんだ見た目の男性は、酷くお喋りな人間だった。
「シャロンよ、今日はよろしくね。」
「は、はい……!お任せくださいっ!」
アトリーはフードの端から見える冴え冴えとした美しさを持つシャロンの顔を見て、取り乱したように小さな目を忙しなく動かしていたが、顔を赤くしてクリームパンのような拳をグッと握る。
そしてシャロンに更に話しかけようと身を乗り出した時、彼女の前にスルリと入って邪魔をしてくる人間がいた。
「ふふ、アトリー君は随分と賑やかなんだね。私はシャロンの夫のオルフェウスだよ、今日はよろしく頼むね。」
淡い銀髪に白い細面の優美な顔立ち。
体は薄く頼りなげに見える儚げな男性だが、彼がオルフェウスだと名乗った時、アトリーは背中にゾクリとした感覚が走るのを感じた。
「……!だ、旦那様でしたか、いや、アハハ、これは失礼……。えへ、あのアトリーと申します、どうぞよろしく……」
チラリとほとんど無意識にシャロンの左手を盗み見て、細い薬指に嵌っている明らかに目の前の男が意識されたデザインの指輪に更に動揺する。
咄嗟に取り繕ったものの、アトリーの下卑た商売人のような発言は、彼自身に敗北を覚えさせただけだった。
目の前の優雅な男には到底勝てない、という敗北感。
「ふふ、私のシャロンに目を奪われてしまったのかな。今日は私達の新居の内部見学だから……」
実際はここでオルフェウスの意味深な発言は終わったのだが、アトリーにはこう続いているようにしか思えなかった。
お前が入る隙など無いよ。と。
シャロンとアトリーの間に入ったオルフェウスは、柔和な笑みを浮かべながらアトリーを牽制し、滅多刺しにした。
「こ、ここが子爵の別邸です!」
急に喋らなくなってしまったアトリーを不思議に思いながら、「そういえば肩の落とし具合なんかが、ミスター・ハワードの所にいたペーターそっくりだわね」なんて呑気に考えていたシャロン。
そんな彼女の腕にエスコートされながら、どこか機嫌が良さげなオルフェウスも含め3人で氷点下の街中を抜けて、たどり着いたのがこの『アムンゼン子爵別邸』だ。
元々カラユイに旅行に行き、その寒さゆえの静けさや街並みを気に入っていた、サダルカマド立憲王国北部に領ちがあるアムンゼン子爵。
しかし別邸を建てようにもカラユイに手頃な土地がなく、妥協してヤロスラーフに建てたもののカラユイとは比べものにならないほど寒い気候に耐えかねて、ほとんど使わずに売り払うことにしたらしい。
そこから5年ほど放置されていたと聞いて、さぞ荒れ果てているのだろうと危惧していたが、思っていたほど酷くはなかった。
「この土地は寒すぎて、雑草が生えないんですよ……それはありがたいんですけど、穀物なんかも作れないから困ったもんですよねぇアハハ……」
「そうなの。なら何が主な収入源なのかしら?」
「魔導機械ですよ、シャロ……ヒッ!、お、奥方様。……ジェシャートヴァ大公印の魔導具は、質が良く、大公様のお墨付きということでよく売れるって話ですよ……えーっと、家の説明に入っても?」
なぜか青白い顔のアトリーは、コートを着ているせいでさらに太く見える腕をワタワタと動かしながら、シャロンとオルフェウスに提案した。
「うん、頼むよ。この寒い中、あまり長居はしたくないからね。」
アムンゼン子爵別邸は、シャロン達の元・実家であるスノーリナベル伯爵邸の3分の1くらいの、こじんまりした大きさの家だった。
小さな厨房と浴室とお手洗い、それ以外は空っぽの独立した部屋が2つ。
独立していない続きになった部屋が2組。
使用人用らしい狭い部屋が2つ。
「暖房の魔導具の効果を高めるために、大公領ではプライベートな部屋以外はドアで区切らないのが一般的なんですよ。あと、廊下もね、ドアで区切ると寒いですからね、出来るだけ最初から作らないようにレイアウトするんです。」
「へえ……。気候が違うと全然違うのね。……でも、窓は小さいわけではないのね?」
シャロンはアトリーに「リビングとダイニングが一体になった部屋です」と紹介された広い部屋の窓際に寄り、家の近くの針葉樹林の森をボーッと見ながら言った。
寒い地域では、なるべく外気を取り込まないように窓が小さいものだと思っていたが、シャロンが覗いている窓は四方の長さが、シャロン2人分くらいだ。
「窓はガラスの部分に別の魔導機械が入っていて外気を遮断するんで、寒くないんですよ。日光を浴びないと鬱々した気分になりますし、アハハ……」
お家紹介ちょっと長くなりそうなので、ここで一旦区切ります。
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