36 プロポーズ
「お兄様、ほんとの本当に?わたくしと『夫婦』の設定だと都合がいいから、じゃないのよね?」
シャロンは不安だった。
オルフェウスがこの『夫婦』関係を初める時に言った言葉が本音で、このプロポーズだってシャロンを都合よく言いくるめるための演技なのではないかと。
彼女の不安げな様子を感じ取ったのか、オルフェウスが後頭部に添えられたシャロンの手に手を添わせて、ゆっくり離す。
そしてシャロンを壁から解放したところで、彼女の前に跪く。
「お、お兄様!?」
シャロンの胸が急にドキドキと高鳴る。
(もしかして、もしかしてなんじゃ……!)
期待に顔を真っ赤にさせたシャロンの左手を取ったオルフェウスが、薬指に嵌まった指輪を軽く触って確認した後、口付けた。
「……シャロン。」
シャロンを呼んだオルフェウスの声は酷く穏やかで。
「私と、結婚してくれないかい?」
ヒュッと、シャロンの喉が鳴った。
「私はまともに日常生活を送ることすら難しい人間だ。君にたくさん迷惑をかけるだろうし、実際今もかけているよね。優しいシャロンは言わないけれど。それでも、私は君と一緒になりたい。……なんて、君を都合よく使おうとしているように聞こえるな。」
「違うんだ、ただ私は、愛しい君と一緒に人生を過ごしたいんだけなんだ。シャロン、私の最愛。ねぇ、どうか最期まで私の隣にいて、笑ってくれないかい?」
しばらく、沈黙が場を支配する。
「……お、お兄様。」
ようやくシャロンが口を開いた時には、彼女の美しい青い瞳は潤み、頬に涙が伝っていた。
「わたくし、お兄様のこと、ずっと大好きで、愛していて、結婚、したいと思っていたの。」
「……うん。」
「でも、お兄様全然好きとか、言ってくださらなくて、『夫婦』も他人に二人旅を納得してもらいやすくするためって、言われて、わたくし悲しかったの。それなのに、指輪を買ってくれたり、この間だって急に愛してるって言ったり、思わせぶりなことばっかり。」
「それは、ごめん。」
ポツリポツリとシャロンが話す言葉を、跪いたまま受け止めるオルフェウス。
「お兄様はわたくしと同じじゃないのかしらって。実の兄のことがこんなに好きなのっておかしいって分かってて、でも諦めきれなくて。お兄様もわたくしのことが兄妹としてじゃなくて、一人の女として好きなら良いなって思ってたの。ほんとなのね?」
「うん。本当は、スノーリナベルの家にいた頃からずっと、君のことが好きだったんだ。でも君はどうあがいても妹で、フィリップ殿下の婚約者だった。君から好きだとか結婚したいって言われても、頷いてしまったら君を手放せる自信がなかったから、私はこの思いに蓋をして『兄妹だから』なんて思ってもいない言葉で君を遠ざけてしまったんだ。」
(そうだったのね。お兄様はいつも否定も肯定もなさらないから、いつももどかしかったけれど、お兄様なりの精一杯だったのだわ。)
オルフェウスの話を聞いているうちに涙は止まりシャロンは、幸せそうに微笑みながら言う。
「お兄様がわたくしのこと本当に愛してるなら良いのですわ。わたくし、小さかった頃からずうっと!お兄様と結婚したかったのだもの。答えはイエスに決まってるでしょう?」
シャロンの答えを聞いたオルフェウスは、明らかに安堵したように見えた。
「お兄様、お立ちになって。いつまでも床に跪いていたら、わたくしにキスが出来ないでしょう?」
「……!シャロン、良いのかい?」
分かりやすく頬を染めて狼狽える兄の手を引っ張りながら、シャロンは笑みをこぼす。
「ふふ、さっきまで唇が付きそうなほど近くに顔を寄せていた人の言葉とは思えないわ!あの時、キスしてくれないかなと待っていたのに。」
「そ、それはごめんね。婚姻届を拒否されたショックでなりふり構っていられなくなって……」
「それなら尚更、してくれたって良かったのに。わたくしからしようか悩んだんですのよ?」
(お兄様、やっぱり奥手なんだわ。キスって言っただけであんなに顔を真っ赤にして……。かぁわいい。)
「シャ、シャロンの唇……ううっ……」
オルフェウスは立ち上がった後もモジモジと煮え切らない態度だった。
「お兄様、なに乙女のような恥じらいを持っておられるのですか。20歳とは思えぬ純真ぶりですわね?」
シャロンがホレホレと煽ってみたりしたのだが、それでも頬に両手を当てて可愛らしく恥ずかしがっていたので、逆にスンッとなってしまったシャロンが背伸びをして唇を合わせるハメになった。
「シャロ、んぶっ!」
「んっ……」
背伸びしている関係ですぐに離してしまったが、シャロンの唇には少しカサついた感触が残っている。
自分の唇を人差し指で撫でながらニヤリと笑ったシャロンは、オルフェウスより余程男らしい。
「シャ、シャロン……!」
「ふふ、最近のお兄様は頼もしいことが多くて、以前のきゅるりんとした可愛らしさがないなと思っていたのです。こんなところに隠れておいでだったのですねぇ?」
「シャロン可愛いってなんのことだい、ちょっと、もうダメだよ、キスは一日一回までだから!」
「お兄様はあざと可愛いってことです。……一回だけとか、許しませんからね!」
その後、オルフェウスが顔を真っ赤にして「分かった!一日三回までね!」と言いながらホテルの部屋を飛び出すまで、シャロンの接吻攻撃は続いたのだとか。
お兄様が顔を真っ赤にしてるのは多分演技ですね。
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