35 擦り合わせ
本当に軽度の暴力描写あり⚠️
シーン、と痛いほどの静寂。
シャロンの「結婚したくない」発言は思ったよりギルド内に響いたようで、ガヤガヤとしていた場が一瞬で凍りついてしまった。
「……。」
案の定冒険者たちに「なんだなんだ、痴話喧嘩か?」とジロジロ見られるし、馬車で同乗していた女性は持っていた飲み物をダバーッとこぼすし、オルフェウスは固まったまま動かないしで散々である。
(ち、違うの!もうちょっと、ドラマチックというか、雰囲気が欲しいなって思っただけで、結婚そのものが嫌なのではなくて!あぁ、やらかしましたわ!変なこと言っちゃった……!)
シャロン自身も焦りと周りからの視線でパニックになって、目がグルグルしている。
正直に言って、カオスである。
そんな場を鎮めたのは、あの有能受付嬢だった。
メガネをクイっと上げた彼女は、「各々仕事にお戻りください!」と一喝する。
「お、おう……なんだったんだ……。」
「あの儚げイケメンが振られたってこと?もしそうなら紹介して欲しい〜」
などと言いつつも、ギルドが再びいつもの雰囲気になったのを確認した受付嬢は、固まったまま動かない目の前の「お客様」を再起動させることにした。
「お客様、お客様。差し出がましくはございますが、一度、お二人で話し合いをされた方がよろしいかと。」
「え、ええ、ええそうね!お、お兄様行きますわよ!迷惑かけて申し訳なかったわ!」
ハッと戻ったシャロンが、滝のように冷や汗を流しながら引き攣り笑いを浮かべて、未だに固まっているオルフェウスを引っ張っていく。
「内見は4日後にご予約を入れておりますので、予定時刻にこのギルドにお越しくださいませ。ありがとうございました。……次の方ー!」
カランカラン……バタンッ。
「……ねぇ、シャロン。」
「な、なんでしょうお兄様。」
外の極寒の冷気で冷静さを取り戻した2人……のはずなのだが。
(お兄様の背景にブリザードが見えますわ!死ぬ、わたくし死んじゃいます!)
放心状態から抜け出したオルフェウスは、すこぶる機嫌が悪かった。
いつもの吹けば飛びそうな儚い笑みではなく、ニッコリと音がしそうなくらいの深い笑みを浮かべている兄。
(でも、お兄様が急に進めようとするからですし!わたくし悪くないわ!)
明らかに怒っている兄に対して、シャロンも心の中で意地を張っていた。
「シャロン。ちゃんと話したことなかったね。ねぇ、これは一時のすれ違い。だよね?」
とりあえず寒さを凌ぐために近場のホテルに入った2人。
スーツケースを運んでもらいながら部屋へ案内され、扉を閉められた瞬間。
シャロンは壁際に追い詰められ、ダンッ!と音がしたと思ったら、顔の真横の壁にオルフェウスの両手があった。
そして鼻先が触れ合いそうなほど近づいた、ニッコリ笑顔のオルフェウス。
(ひ、ヒィィッ!言われなくても分かるわ、お兄様お怒りね!無理無理、怖い、すごく怖いわ!)
いつもなら「壁ドン!?お兄様から壁ドン!?」などと思っているところだが、さすがにそんな能天気にはいられない。
寒いはずなのに、こめかみに汗がタラリと垂れる感覚がした。
「シャロン。」
酷く、ドロリとした声だった。
甘く溶けるチョコレートにさらに蜂蜜をかけたような、甘すぎて喉を焦がして、胸焼けを起こしてしまいそうな声。
カタカタと無意識に震えているシャロンの頬を、冷え切った細い指先が撫でる。
「ねぇシャロン。私が、怖い?」
「ひっ……!」
頬を撫でる手が下に移動して、シャロンの顎の下にたどり着く。
そのままキュッと軽く喉を握られれば、シャロンは息ができなくなったように錯覚した。
「シャロンは、私のこと、嫌いなのかな。」
「ハッ、ちがっ……!」
「そうだね、シャロンは私のことが好きで好きでたまらないものね。」
そう言いながら、首を絞める手を少し緩めたオルフェウスは、その高い鼻先でシャロンの鼻のくぼみをなぞる。
キスが出来てしまう距離。
お互いのまつ毛が重なり、吐いた息を吸い合う距離で、オルフェウスはほとんど吐息で喋る。
「じゃあ、私と一生一緒になるのは、イヤ?」
「いや、じゃ、なぃ……」
そんなの、嫌なわけが無いわ!と大きな声で言いたかったが、シャロンはこの耽美な空気に流されかけていた。
(キス、して欲しい……)
2人はこんな仲だが、まだキスもしたことが無かった。
シャロンは未だにファーストキスを守り続けているのだった。
(この距離なら、お兄様の唇にわたくしのを当てたって……)
不埒な考えがクラクラする頭に浮かんで、離れなくなる。
そんな彼女の考えに気付いていないオルフェウスは、シャロンの喉を子猫をあやすようにコチョコチョとくすぐって撫でながら、軽く笑う。
「ふふ。じゃあ、私と結婚してくれる?」
「ねぇ。可愛くて大好きな妹。私の最愛のシャロン。」
オルフェウスの声や態度があまりにも甘やかで、シャロンは流され、トロンとした目つきでこくりと頷く。
「ん。……おにいさまと、結婚、したいの。ずっと、したかったの。」
「……!ふふ、あはは。本当?本当に私と添い遂げてくれる?添い遂げるって言うのはね、一緒に暮らして同じ食事を食べて、おんなじ墓に入るってことだよ?分かってるの?」
嬉しそうに、耳元で囁くオルフェウス。
「おにいさま、こそ。わたくしのこと、本当に好き?」
先程まで押されていたシャロンが逆にグイッと、オルフェウスの柔らかな銀髪に覆われた後頭部を引き寄せる。
そうするとシャロンの耳にオルフェウスの唇がついて、オルフェウスがクスクスと笑う空気の振動まで感じられた。
「……うん。もちろん。以前も言ったけれど、私は、シャロンを愛してるよ。好き、なんて言葉では収まらないくらい。」
「シャロン。私はもう、君に狂ってしまっているんだ。どうしようもない程に君が欲しくて、実の兄妹なのに、おかしいのは分かっていて、でも、それでも君が欲しいんだ。」
ねぇ、私の所へおいで。一緒に温め合えるから。
そう耳元で笑った兄は淫靡で、同時にとても切実だった。
彼らなりに1番ロマンチックな方法。
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