34 新生活の準備
「となれば、何をするにしてもまず、ギルドに行かねばなりませんわね!」
「……そうだね。ギルドに行けば魔導のことや家のこともどうにかなるようだったけれど。」
「ギルドって何でも請け負ってくれるのですね。サダルカマドの中では、魔導と並ぶ2大社会的インフラなのでしょう。」
と、シャロンとオルフェウスはそんな風に話していたが、しばらく道なりに歩いていると、立派な貴族邸のような外見の建物が見えてきた。
真っ白な外壁に金色の繊細な装飾も相まって、玄関に『サダルカマド立憲王国王立ギルド・ヤロスラーフ支部』という看板が置かれていなければ、ギルドではなくどこかの貴族の別荘だと思っていただろう。
「まぁ、立派な建物。地域によって建物の見た目は変わるのね。オルフェウス様、あと20歩ほど歩いたら階段が1、2、……10段ありますから気をつけてくださいませね。」
「分かった、気をつけるよ。ありがとうシャロン。」
カランカラン。
(あ、ドアについている鈴の音は同じなのね。この音、可愛らしくて好きなのよね。)
「いらっしゃいませー」
ギルドの中は暖かく、先ほどまでの大通りの人の少なさが嘘のように活気に溢れていた。
シャロンは冷え切った指先が熱を取り戻してきてジンジンするのを感じ、ほうっと息を吐く。
チラリと辺りを見回してみると、シャロンは1時間ほど前に別れた馬車の同乗者の女性を見つけた。
(何を飲んでるんでしょう。気になるわね。……ってそうではなくて、本来の目的を思い出しなさいシャロン!)
「はーいお次の方ー」
「あ、はいっ!」
シャロンがぼーっと辺りを見ている間にどうやら順番が回ってきたらしい。
彼女はオルフェウスの腕を引いて、片手を上げて2人を呼んでいる受付嬢の前に立った。
「本日のご用件は?」
シャロンの前に座る受付嬢は、とてもハキハキキビキビした、いかにも有能そうなメガネの女性だった。
簡潔で無駄のない喋り方だ。
「あーえっと、家を借りるか買いたくて。ここで相談すれば良いと聞いたのだけれど。」
シャロンが事情を説明すると、受付嬢が心得たように色々なケースを説明してくれる。
「どうしましょう、オルフェウス様。賃貸ではなく、お金があるうちに買っておきたいなって思っているのですが。」
「そうだね。……予算はこのくらいで、貴族が放棄した家とかそういったものがあれば良いのだけど。」
「ああ、それならこちらはいかがでしょう?」
受付嬢が勧めてくれたのは、ヤロスラーフの中心街から少し離れた郊外にある一軒家だった。
「こちらはとある貴族のセーブハウスとして建てられたのですが、ここが寒すぎる、と使われなくなったものです。ほとんど使われていませんから綺麗ですよ。ただ、2人暮らしには少し大きいのと、郊外にあるので……」
「シャロン、どうかな?」
受付嬢の説明を聞いたオルフェウスがシャロンに尋ねる。
「オルフェウス様、わたくしここが良いですわ。実際に内部見学に行かないと分かりませんが、現時点では一番心を動かされてますの。」
シャロンの視線は資料に固定されていた。
(この家で、お兄様とイチャイチャして、庭を見ながら2人で笑いながらお茶を飲んで……。わたくしの想像していたスローライフが、ここなら出来るかもしれないわ。)
シャロンのたくましい想像力が羽ばたいていく。
「ふふ、シャロンとは気が合うみたいだね。私も説明を聞いていたら、ここが良いなと思っていたんだ。」
「オルフェウス様も!?」
「ではこちらの内部見学の予約をお取りしましょうか?」
微笑みあうシャロンとオルフェウスを遮るように、有能な受付嬢が尋ねる。
「ええ、お願い!」
(わたくし達の愛の巣が、もうすぐで手に入るのね!)
シャロンとオルフェウス、そして成立間近の取引に受付嬢の3人ともがホクホクしていると、「あ、そういえば」とオルフェウスが受付嬢に話しかけた。
「婚姻届はここで受け取れるのかな。」
(お兄様!?その話本気だったんですの!?)
シャロンが目を剥いて固まっていると、僅かに驚いたらしい受付嬢が一瞬止まってオルフェウスを見上げた後、口を開いた。
「婚姻届は、サダルカマドでは紙ではありません。それ専用の魔導機械がございまして、お二人とも同意していると機械が認識した時、自動的にデータベース化いたします。データ化すれば、身分証の情報も更新され、お二人の続柄が『夫婦』となります。」
そして機械はあちらです、とメガネの受付嬢が指差した方向を見ると、何やら大袈裟に花で飾り立てられた魔導機械が見えた。
(あ、あれね……。絶妙にお花のセンスが悪くて、恥ずかしいわ。じゃなくて!え、このままだとわたくし達、本当に夫婦になるわよ!?)
シャロンとオルフェウスの2人はそれぞれ別々に身分証登録したため、今は他人同士と身分証に書かれている。
だから、「実の兄妹なのに!」と横槍を入れられる可能性は皆無なので、すぐに婚姻届が出せるのだ。
(でも、何だか急すぎるっていうか。仮にだけれど家を決めたばかりだし、心の準備が……。いいえ、わたくしはお兄様と結婚してイチャラブ生活を送るのが目標だったのだもの!ゴールの方から走ってきたようなものだって考えれば……いや急だわね。)
シャロンの乙女心が、このまま流れで結婚は、したくないと言っている。
大好きでたまらない兄と公的に結ばれる折角のチャンスなのに、なんだかとっても嫌である。
家の購入手続きとか、諸々を考えれば今ここでササっと結婚するのが手っ取り早いと分かっている。
(分かってるんだけど、何かヤダ……!)
「お、兄様……」
「?シャロン、どうしたのかな?」
突然服の袖をシャロン摘まれて、キョトンとした表情のオルフェウス。
そんな彼に申し訳なく思いながらも、シャロンはこれだけは譲れないと決意する。
(ここで言わなきゃ、絶対に一生後悔するわ!)
深く深呼吸して、兄の閉じた瞼の向こうにある紫の瞳を見つめる。
「わたくし、結婚したくありませんわ……!」
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