29 大公城
「ほら、着いたぞ。ここがヤロスラーフだ!」
「……!」
針葉樹林を見続けること3時間弱。
全く代わり映えのしない外の風景に、流石に飽きてボーッとしていたシャロン。
隣にいたオルフェウスは、ずっとあくびをしていた当たりやはり寝不足だったのか、いつの間にかスースーと眠ってしまった。
そんなオルフェウスの頭を肩に乗せ、手慰みに兄の長い銀髪をいじっていたシャロンは、到着を知らせる御者の声を聞いて兄の肩をトントンと叩く。
「おに、オルフェウス様。起きてくださいませ。ヤロスラーフに着きましたわ。」
「んん……あれ、シャロン。私、眠ってしまっていた?」
「ええ、とても良くおやすみでしたわ。」
オルフェウスは小さな子供のように目をこすりながら、シャロンの肩に預けていた頭を起こす。
(あ……)
兄の温もりが離れていくのが寂しい。
そう思って無意識に手を伸ばしかけて、止める。
オルフェウスは当然、そんな彼女の行動など知る由もない。
だって、見えないのだから。
ハァッとため息を吐いて手を下ろすシャロンを見ていたのは、同乗していた『蒼羽』の女だけだった。
「んっ、寒い、カラユイとは比べ物にならないくらい寒くないありませんか!?」
馬車から降りた瞬間に、9月の終わりとは思えない寒波が襲ってくるのを感じたシャロン。
フードをかぶっているのに、その意味がほとんどないくらい寒い。
「そりゃそうでしょ。ヤロスラーフは一年中氷点下の街なんだから。」
急にアルトの声が聞こえて、シャロンはバッと振り向く。
声の主は、先ほどまで一緒に馬車に乗っていた女性だった。
「カラユイは『銀雪の都』なんて優雅な名前で呼ばれているけど、こっちは『極寒の死地』って言われてるのよ。」
「そ、そうなの……。『極寒の死地』……」
ゴクリ、と鳴ったのは誰の喉だろうか。
「貴女はヤロスラーフに詳しいの?」
シャロンはオルフェウスの階段を降りる手伝いをしながら、女性に話しかける。
「少なくともアンタ達よりは。……あー、アンタ達は、見るからに旅行慣れしてないって感じに見えるから。」
(本当はユアンが情報操作に行ってる間の繋ぎの護衛だから、依頼主達のことを知ってるのは当たり前なんだけど……)
ポリポリと居心地悪そうに頬を掻いている『蒼羽』の女性。
彼女の名はイヴェット。
ユアンと同じS級冒険者かつユアンの同僚である。
「っあーじゃあ。アタシは別に用事があるから。」
気まずい沈黙に耐えられなくなった(ように見せかけ、護衛しているのをカモフラージュするために)イヴェットは、ふらりと手を振ってシャロン達とは反対方向に行こうとする。
「ええ。あ、あのすぐそこに見えている城がジェシャートヴァ大公の居城で合っている?」
「合ってるよ、お嬢様。」
「ありがとう!……ってもういないわ。早いのね。」
そうシャロンがぼやいていると、オルフェウスがシャロンの肩をポンポンと叩こうとして失敗し、指先をシャロンの耳に掠らせながら話しかけてきた。
「シャロン?あ、すまない……。早く着いたら応接室で待っているようにと言われているから、とても寒いことだし、行かないかい?」
「っ、ビックリした、大丈夫ですわ。……そうですわね。ではお兄様、右を向いて、そうそこから2時の方向です。地面が滑るかもしれませんからお気をつけて。はい、そのまま進行方向まっすぐですわ。」
10分後。
「ジェシャートヴァ大公に面会を申し込んだから来たのだけれど。」
「オルフェウスだと伝えて欲しい。」
堅牢で無骨な城の前で、シャロン達は守衛に話しかける。
ロノヴァンの華美な作りと違い、大公の城は質実剛健を形にしたような見た目をしていた。
「ああ、オルフェウス様とシャロン様ですね。仰せつかっております、どうぞお入りください。」
守衛が人のよい笑みを浮かべて、シャロン達を招き入れる。
(ここの守衛は、平民にも分け隔てなくへりくだった態度を取るのね……。貴族の家の使用人にしては珍しいわ。)
シャロンとオルフェウスは守衛の案内に従って、城の玄関前まで連れて行かれる。
そこには年季の入った家令が頭を下げて2人を待っていた。
「お待ちしておりました、お二方。15時からのご予定ですから、しばらく応接室でお待ちくださいませ。」
「……。感謝するわ、ありがとう。大公家の使用人は礼儀が行き届いているのね。素晴らしいことだわ。」
「もったいないお言葉にございます、お客様。我らは主人の品位を損なうことを望まないだけですから。」
ハワードを思い出す柔らかな笑顔で、家令が言葉を返す。
本当にアーベルは良い主人のようだ。
「ふふ、とても良い心がけだね。大公閣下は大層慕われているみたいだね、シャロン。彼ならもしかしたら……」
「ええ、面会もつつがなく終わるという希望が持てますわ。」
そうシャロンとオルフェウスは微笑み合った。
見事なティーセットや茶菓子に舌鼓を打ち、シャロンとオルフェウスはしばらくの間、たわいもないことを話していた。
コンコン。
「ジェシャートヴァ大公・アーベル様がお呼びでございます。」
「オルフェウス様。」
「うん、ようやくだね。行こうか。」
(お茶菓子が美味しすぎて、結局プレゼンの準備をしていないわ。まぁ顔見知りではあるし、どうにでもなるでしょう。多分。)
シャロンは手汗が滲み出るのを感じながら、兄と共にアーベルが待つ部屋に向かうのだった。
執務室は外部の人間を入れると情報が漏れて侵入される可能性があるので、アーベルが待つのは普通の部屋です(いらない設定)。
閲覧いただきありがとうございます。
もしよろしければ、評価やリアクション等頂けると大変励みになります。




