28 いざ、ヤロスラーフへ
「ふわぁ……。あら?わたくし寝落ちしてしまったの!?」
すっきり快眠で起きることが出来たシャロン。
しかし彼女は、睡眠の代わりに「ジェシャートヴァ大公を納得させる弁論をする」準備ができなかったことに朝から顔を真っ青にしていた。
「というかそもそも、カラユイから馬車で3時間かかる城に住んでいる多忙な大公に平民のわたくしが、面会を申し込んですぐの今日中に会えるはずがないわよね!?」
貴族だった時なら早馬を出せば、少々品のない行為ではあるものの許されていた。
だが、今のシャロンは平民。
(まだ貴族の意識が抜けないのだわ……!嫌だわ、もうあんな所とは縁を切ったはずなのに。)
「ん、んん……シャロン?おは、よう?」
シャロンが大きな声を出してしまったせいか、隣で寝ていたオルフェウスを起こしてしまったらしい。
目をショボショボさせながら小さな口であくびをしている姿は、シャロンより余程乙女らしい仕草である。
いつもは一つにまとめてある、背中の半ばまであるストレートの銀髪がバラバラに乱れて、男性らしく角ばった肩に落ちているのが妙に艶かしい。
「はいお兄様、おはようございます。今は……朝の8時ですわ。体調はいかがですか?」
シャロンは努めて兄の方向を見ないようにしながら、体調が悪かった兄を気遣う。
「うん、もう大丈夫。ん、ふわ……。あはは、あくびが止まらないね。」
「良く眠れなかったのですか?」
「ん、いやそうではないのだけれどね。」
なんとなく歯切れの悪い答えをする兄を不思議に思って、わずかに首を傾げるシャロン。
「あ、そうだシャロン。ジェシャートヴァ大公のことなのだけれど。」
「?はい。」
「面会は今日の15時からだから、よろしくね。」
なんでもないように言ったオルフェウスの言葉がすぐには飲み込めず、首を傾げたまま固まったシャロンは、「は、ええっ!?」と朝から淑女らしからぬ声をあげてしまった。
「お、お兄様お兄様。」
「今は兄と呼ぶのはやめようか、可愛い奥さん。」
「はうっ……!オルフェウス様、どうやって、というかいつの間に大公に面会の許可を貰っていたのですか!?」
兄もとい「夫」の、穏やかだがキラキラしい笑顔に吹き飛びそうになりながらも、シャロンはずっと気になっていたことを尋ねる。
今は午前10時。
これからジェシャートヴァ大公の居城があるヤロスラーフ行きの馬車に乗ろうと、馬車の乗り場に向かっている所である。
道中に「寒いだろうから」とシャロンはコートをフード付きの物に変えてもらった。
確かにこれならシャロンの顔は見にくくなるが、耳が風にさらされないので温かい。
何より、兄と色違いなのである。
(色違い、つまりはほぼお揃い!えへへ、指輪もお兄様の色ですし、全身がお兄様に包まれているみたいで幸せだわ……!)
無意識に頬を緩め、いつもは冷たい美貌がへにゃりとした笑顔になっているシャロン。
フードを被っていなければ、彼女の顔を見た人が「雪の中で健気に咲く花のようだ……」と言いながらぶっ倒れること間違いなしである。
まさか兄が、シャロンの銀髪を隠そうとしているなんて考えもしない。
と、ではなくて。
「そうだね。秘密、と言ったらシャロンは怒る?」
薄い唇に長い人差し指を置いて、こちらを見下ろす夫のなんと麗しいことか。
「いいい、いえ!お兄様が秘密にしておきたいなら……」
「ふふ、冗談だよ。実はチェックインの時に、ホテルのコンシェルジュに頼んだんだ。意外と頼む人が多いらしくてね。滞在場所がわかれば大公側も身元の確認が取りやすいから、一石二鳥なんだそうだよ。」
「まぁそうだったのですね。オルフェウス様は何手先までも見通していらっしゃる……あ、馬車が見えてきましたわ。あと100メートルほどでしょうか。」
「分かったよ、ありがとうシャロン。」
「もうすぐでヤロスラーフ行きは出発するぞー!乗るやつがいなけりゃ、すぐにでも出すぞ!」
「す、少し待ってちょうだい!」
(危ない所だったわ!これを逃したら、面会時間には確実に間に合わないから……。)
「あいよ、2人かい?なら、銅貨18枚だな。」
「分かったわ。あ、ヤロスラーフまで3時間くらいって本当?」
「ああ。むしろ、3時間もかからないぞ。大公様のお膝元だから、道路も舗装されてるところが多いんだ。馬も走りやすいみたいでな。」
馬車の運転手は少し黄ばんだ歯を見せながら、ニカッと笑った。
「ふうん、教えてくれてありがとう。……オルフェウス様、階段が3段ですわ。段差が大きいですから、足を大きく曲げてくださいませ。」
「うんありがとう、奥さん。」
「他はいないかー!出発するぞー!」
馬車の中にはすでに1人、若い女性が乗っていた。
新しく乗ってきたシャロン達をジロジロと見た後満足したのか、窓に顔を向けて頬杖をついている。
(足に防具がついている、ということは冒険者なのね。それにしてもジェレミー親子の時も思ったけれど、女性や子供だけで旅をするなんて、ずいぶん治安が良いのね。それなのにギルドがあるなんて……。ん?そもそも、ギルドって何のためにあるのかしら?)
シャロンは、ロノヴァン王国には無かった『ギルド』という概念に疑問を持つ。
「ねぇオルフェウス様、何のために……。」
ガタンッ!
「きゃっ!びっくりしましたわ……。」
「馬車が出発したようだね。いくら揺れを低減する魔導機械が作動していたとしても、完全に揺れなくするのはやっぱり難しいのかな。」
「でも、今まで乗っていた馬車と比べれば明らかに乗り心地が良いですし、それが平民にまで行き届いているのが何よりすごいことですわね。」
シャロンは兄の話に相槌を打っているうちに、先ほど疑問に思ったことをすっかり忘れてしまった。
そして、冒険者の女性の胸元に青い羽のブローチがついていたことも、窓の反射でずっとこちらを見られていたことにも気が付かなかった。
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