27 兄・オルフェウス視点(2)
「じゃあ、明日はアーベル公の面会に申し込みにいこうか。」
「はいっ!ふふ、わたくしホテルではなく、狭くとも自分の家が欲しかったのですわ!」
そう言って笑うシャロンの弾む声を聞くと、私まで楽しみになる。
シャロンの笑顔を頭で思い浮かべながら、私は自分が穏やかな表情をしていることに気づいた。
その夜。
シャロンは「ジェシャートヴァ大公を完璧に言いくるめるわ!」と息巻いていたが、あの子は余程何かがない限り夜更かしが出来ない。
何やら準備していたようだが、結局パッタリと電池が切れたようにベッドで眠る彼女をそっと一撫でした後、私は静かに部屋の扉を開けた。
慎重に廊下を歩く。
シャロンがいないから、人の気配が感じられない所では、壁に手をつけながらでないと歩けない。
初日にホテルにチェックインした時の感覚を思い出しながら、それを逆算することで───ほら、寒い夜風が頬を撫でてきた。
ホテルのエントランスまでたどり着いたのだ。
「こんばんは、依頼主様。」
ひっそりと静まり返ったエントランスを抜け、扉を開けた外には先客がいた。
私より背が高いのか、上から降ってくる慇懃な、しかしどこか面白がるような声。
「ああ、こんばんはユアン。」
私は努めて穏やかに見えるような笑顔で、目の前にいるはずのS級冒険者と対峙した。
「追加料金をお支払いいただければ、俺が貴方の目の代わりになってあげますよ?」
「結構だよ。それより、シャロンの前に姿を表さないでくれ。君は私のシャロンをこっそり警護してくれればそれで良い。」
「それもオプションですが?」
……はぁ。
なんでもかんでも金だ、といけしゃあしゃあと言うユアンとは、グランバートン辺境伯領のギルドでたまたま出会った。
私は視力を失った代わりに、他の四感が異常に発達した。
だから本当はシャロンの助けがなくても、人の気配を避けたりすれば街中を歩くくらいはできる。
手伝ってくれるシャロンが健気でいじらしいから、自分から言ったことはないけれど。
とまぁ、私は人の気配で色々なものを感じ取れる。
そんな中グランバートンのギルド内で、明らかに浮いている気配があった。
それがこの男、ユアンだった。
(ブレない気配だ。一本の芯のような……)
当時は、シャロンとここカラユイに行くための情報を集めている段階で、ギルドには地図を買いに来ていた。
可愛いシャロンが受付嬢に気を取られている隙に、私は明らかに強者の気配を持つユアンの元まで行き、彼を雇ったのだ。
『君は強いから、あそこにいるシャロンを何者からも守って欲しい』と。
「……報酬は?」
それが、彼の第一声だった。
それから彼はことある事に金の話を持ち出し、金をせびり、依頼料を釣り上げようとしてきた。
「1週間に銀貨4枚、どうかな?」
銀貨10枚で金貨1枚。
金貨1枚あれば平民が2ヶ月は余裕で暮らせるから、中々破格だろう。
「うーん、相場より少し低いんですが、分かりました。乗りましょう。あそこの銀髪のお嬢様をお守りすれば良いですね?」
「そうだよ。私の可愛い妻だ。それにしても、君は守銭奴のような言動の割に依頼を受けてくれるんだね?」
「俺は普段、C級冒険者のフリをしているんですよ。『蒼羽』だってバレたら面倒ですから、羽も外していますし。それにも関わらずC級にしては法外な依頼料。つまり、貴方は俺がどんな人間か一瞬で見抜いたってことです。だから、まぁ暇つぶしに受けようと思って。……お嬢様には何か危険でも?」
私はその時にようやく、話しかけた男がS級冒険者集団『蒼羽』のパーティメンバーであると知った。
羽飾りなど、私には見えないからあってもなくても変わりない。
「いや、今のところは。でも何があるか分からない。それに、私は目が見えないからね。戦闘員としては全く期待できないから、代わりに君を雇うことにしたんだ。」
「あぁ、なるほど。分かりました、では前金を……」
……はぁ。
結果として、ユアンという保険をかけていて良かったと思った。
シャロンが酔っ払いに絡まれたからだ。
あの子は気丈だが、世間的にみればただのお嬢様。
男1人、どころか同性のことも倒せないくらい非力なのだ。
本人は『お兄様をお守りしますわ!』と常日頃言っているが、多分ほとんど外に出たことがない私よりも弱そう……とは思っても言わないけれど。
(シャロンに傷1つでも付いたら、私は怒りと後悔で周りが見えなくなるだろうから。その点、S級冒険者のユアンなら間違いは無いだろう。)
ユアンを雇ったことに後悔はないが、シャロンがユアンに興味を持ってしまった。
大変面白くない。
あの子の記憶を独占しないと気が済まないくらい狭量な男なのだ、私は。
ジェシャートヴァ大公のことも気に入らなかったが、硬派という噂のあの男よりも、「金、金」と言いつつも軽そうなユアンの毒牙にシャロンがかかってしまう方が嫌だ。
ガラにもなくシャロンに甘やかしを要求したから、あの子の中のユアンの記憶は随分薄れたはずだけれど。
(……ふふ、シャロンに指を口に入れられた時は驚いたな。甘えたで、好奇心旺盛なあたりは昔から変わらないのがたまらなく愛おしい。)
多分、『口に入れたらどうなるのかしら』程度の軽い気持ちで口に含んだのだろう。
なんとも警戒心の薄いこと。
「君が1番警戒しなければならない男は、最も近くにいるだろうに……」
「ノロケを聞くのも別料金ですよ?」
「一旦黙ってくれないか。」
……はぁ。
「まぁ、という訳だからシャロンの前に姿を見せないこと。わかったね?」
「はーい。依頼主様は心配性ですねぇ。お嬢様が俺に惚れると思ってるんです?あの方、俺が報酬を頼んだら『どんな金でも愛するものに変わりはないでしょ』って銅貨3枚だけしかくれなかったんですよ。」
ほーんと、しょっぱいったらありゃしない。
「シャロンに何か貰っている時点で、私の中では処分対象なのだけれど。」
私の知らないシャロンの行動を喋る男の首を絞めてやりたいと思ってしまう。
その考えが伝わったのか、ユアンは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「わぁ怖い。じゃあ俺は退散しますよ。……じゃなかった、依頼主様。」
「どうしたのかな。」
尋ねると、ユアンは珍しく小さな声で周りを気にしながら、重大なことを私に伝えた。
「ロノヴァン王国の騎士団が、内々に銀髪のお嬢さんを探しているそうですよ。まだ、ごく一部の情報屋にしか回ってない話ですけど。」
(まさか、いや十中八九シャロンのことだろう。でも何故?騎士団を動かせるのは、統帥権と叙任権を持つ国王陛下だけ……ロノヴァンの王室が今更シャロンを?)
どうも嫌な予感しかしなくて、無意識にハッと息をのんでしまった。
そしてそれに気づかないほど、目の前の男は甘くない。
「ヒュウ。ビンゴですか。……この時のための俺なら、報酬は弾んでくださいね?」
ユアンは金にはうるさいが事情を下手に聞いてこない辺り、流石プロフェッショナルなS級といったところか。
「……ああ。依頼料は弾むよ。情報の撹乱を頼もうかな。」
「かしこまりました。」
大仰に一礼した男は、その後2秒もしないうちにどこかへ消えていった。
(はぁ。ようやくシャロンと穏やかに暮らせると思ったのに。ままならないな。)
私はカラユイの冷えた空気を肺に吸い込みながら、次の一手をどうするべきか思案を巡らせた。
スローライフは遠い……。
閲覧いただきありがとうございます。
もしよろしければ、評価やリアクション等頂けると大変励みになります。




