25 嬉しさと絶望
『愛しているよ』。
その言葉を聞いた時、シャロンは雷に打たれたような衝撃が体全体に走るのを感じ取った。
(お兄様が、愛しているよ、ですって!?)
今まで『可愛い』『大事だよ』は言われたことがあっても、『好き』ましてや『愛してる』なんて一度も言われたことが無かった。
そんなオルフェウスが、好きを通り越して一足飛びに『愛してる』、とは。
「……へ?」
シャロンは白い灰になって燃え尽きる寸前だった。
先程までの戯れとは出力が比ではない。
この場で死ななかったのが不思議なくらいだ。
「シャロン?大丈夫かい?」
瞬きもせず固まっているシャロンを感じ取ったのか、オルフェウスがオロオロとシャロンの脈を測ったり、ちょんちょんと肩を遠慮がちに叩いてみたりする。
その様子は既にいつもの『のほほんとした穏やかな兄』であり、先程までの『お色気全開大魔神』なんて跡形もない。
「……お、おにいさま、」
ギギギ、と音がしそうなくらいカクカクと再起動したシャロンは、先程までとの温度の違いに風邪をひきそうになりながらも、追い縋った。
「わたくしのこと、ああ、愛してるって、本当?」
(聞き間違いだったらどうしましょう。実は白昼夢?なんでさっきまでと雰囲気が違うのかしら。あんなに淫靡だった空気と違いすぎて、わたくしが夢を見ていたと言われた方がしっくり来るくらいよ。)
兄の白いシャツの袖を掴んで、上目遣いで尋ねるシャロン。
人生初めての兄からの『愛してる』は、本当の本当に言われたのか、本人の口から聞かなければならない。
「?うん、本当だよシャロン。私は君を愛している。……あれ、言ってなかったかな。」
「言ってません!あぁもう、驚きすぎて心臓が口から飛び出るかと思いましたわ!」
悪びれなくそう言ったオルフェウスに、思わず激しいツッコミを入れるシャロン。
ハーハーと息が切れている。
「ごめんね?───で、さっきの話の続きなのだけれど。」
「???」
(なぜ、この流れで普通の話をするんですの?もっと甘々イチャイチャ展開が待っているはずでは?)
「お、お兄様?」
試しに呼びかけるも、僅かに赤らんだ頬と耳のまま「うん?どうしたのシャロン。先に晩御飯を食べたいのかな?」なんて見当違いなことを言ってくる。
これはまさか。
(先程までは、お兄様の、リップサービスだったということ……!?)
シャロンは明らかにそっちではない方に、考えの舵を切ってしまった。
社交界では、お世辞を言うことがマナーである。
お世辞は対話を円滑に進めるために必須であり、「たとえお世辞だと分かっていても嬉しい」、これを目指すのが好ましいとされていた。
情報を握るためにも、出来の良い婚約者を探すためにも、まずは言葉が上手くないとダメなのだ。
ただし、オルフェウスは社交界に出たことが無いからお世辞とは全くの無縁だと思っていたのだが。
(もしかして、ジェシャートヴァ大公について何らかの話を進めたいお兄様が、わたくしの指噛みからの一連の流れを早く終わらせたくて、「好きだ」と言ったわたくしに合わせてくださった、だけ……?)
まさか。
そんなはずは無いと信じたいが、こうもパタパタと手を振りながら話題を避ける兄を見ていると、次々に嫌な妄想が頭の中で湧いてくる。
(しっかりしなさい、シャロン。そもそもわたくし達が『夫婦』になったのだって、そちらの方が上手くいくから、というだけの理由よ。わたくしが勝手に舞い上がっていただけで、お兄様がどう思っていらっしゃるかなんて知らないわ。……期待しちゃ、ダメなんだから。)
期待して落とされたら、しかもそれが最愛の兄からだったら、シャロンはもう耐えられない。
だから、この身勝手な愛情は兄には期待しない。
シャロンが勝手に渡し続けるだけで、それを拒まず受け取ってくれるだけで十分じゃないか。
(はぁ。いつからわたくしは、こんなに欲張りになってしまったのかしら。……でも、悲しいわね。)
義家族に優しくすればあちらも優しくし返してくれる、と信じていた幼い頃を思い出して、シャロンはジクジクと痛む胸元をそっと抑えた。
「───だと聞いたことがあって……シャロン?」
「ひゃ、はい!」
沈んだ気持ちのままでいたせいか、大事な兄の言葉を聞きそびれていたらしい。
シャロンは弾かれたように、彼女を緩く抱きしめたままのオルフェウスを見上げる。
ベッドの上で横抱きになって、オルフェウスの胸元に耳をつけた状態の傷心シャロンは、ドクドクと走ったあとのように早く聞こえる拍動が、耳元から聞こえるのか自分のものなのか分からなかった。
「アーベル公は、『勇猛公』とも呼ばれていると聞いたことがあったのだけれど、そうなのかい?」
「……え、ええ。真っ赤な髪と瞳に鍛え上げられた肉体をもって、自ら前線へ向かい勝利を掴むから、と付けられたあだ名だそうですわ。」
シャロンは慌てて答える。
どんなに沈んだ気持ちでも、兄を蔑ろにするなんて出来ないからだ。
「ああ、そういう理由があったのだね。……シャロンは、彼に会ったことがあるのだっけ。」
「ええ。フィリップ殿下の婚約者だった時に何度か。といってもアーベル閣下はロノヴァン王国の方ではありませんし、平時も忙しい方ですから、挨拶と軽い世間話くらいしかしたことがありませんが。あの方は元・王族でとても位が高いので、時々ロノヴァン王国の夜会にもサダルカマドの名代として呼ばれる事があったのですわ。」
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