23 看病
「はぁ、なんだか疲れたわ。早く戻って、お兄様にお粥とリンゴを差し上げないと。」
酔っ払いとユアンに絡まれたせいで、本当ならパッと行ってパッと帰ってくる予定だったのに、気づけば1時間経ってしまっている。
(お兄様が目を覚まして、「シャロン?どこに行ったんだい?寂しいよ……」とか言っていたら困りますわ。いえ、それも儚げで良いけれど。ううんシャロン、わたくしのせいでお兄様を不幸にするのは許されないわよ!)
シャロンの心の中にはキュルキュルな雰囲気のオルフェウスが、口の前でぶりっ子のポーズをして、ハラハラと涙をこぼしながら、『シャロン、早く帰ってきて。君がいないとダメなんだ……』と言っている想像が繰り広げられていた。
身長や体格はオルフェウスの方がシャロンより二回りは大きいはずなのに、退廃的な色気のある、吹けば飛びそうな儚さを持つ男。
それが「シャロンから見た」オルフェウスという男だった。
(もっと、もっとお兄様に依存してもらわないと。お兄様の頭の中は常にわたくしでいっぱいにしなきゃ、そうじゃなきゃイヤなの。)
いつも通りのヤンデレっぷりを発揮しながら、シャロンはホテルの厨房にお粥の準備と買ってきたリンゴを剥くよう指示したのだった。
カチャリ。
「……シャロン?」
「お兄様!体調はいかがですか?少しお待ちくださいね、ホテルの厨房にお粥とリンゴを用意してもらっているのですわ。」
「たくさん寝たから大分マシだよ。お粥とリンゴ……ふふ。ああ、懐かしいね。」
そう言って、閉じた瞼を和らげてふわりと笑ったオルフェウスはとても優しい美しさで、毒のようにジワジワとシャロンを侵していくのだ。
(わたくしがお兄様に溺れているくらい、お兄様もわたくしに溺れてくれたら良いのに。)
シャロンは兄に微笑み返しながらも、ドス黒い気持ちが心を覆うのを感じていた。
「フー…フー…。はいお兄様、口を開けてくださいな。少し熱いかもしれませんけれど。」
「ん……。うん、美味しい。胃に染み渡る美味しさ、というやつだね。ごめんね、シャロンに手間をかけさせてしまった。」
「いいえ、お兄様のお役に立てるのがわたくしの喜びですから。はい、もう一口いきますわよ。」
「ふふ、ありがとう。シャロンは優しいね……本当に。」
シャロンはホテルマンが持ってきたお粥を手に、オルフェウスが寝ているベッドに腰掛ける。
オルフェウスの上半身を起こし、枕を腰とベッドボードの間に置いて、兄の薄く開いた口の中にスプーンを入れた。
オルフェウスは目が見えないと言ってもナイフやフォークを手に持ち、皿の位置が分かりさえすれば自分1人で食べられるから、シャロンが彼に食べさせるのはほとんど初めての経験だった。
スプーンが歯に当たってしまったり、スプーンをどれくらい奥まで入れていいのか分からなかったり。
最初こそ「お兄様にあーん♡ってするの!?わたくしが!?」と呑気に思っていたシャロンも、いつの間にか実験をするように真剣な顔で最適解を探ることになった。
(難しいわね。自分のことではないし、お兄様は優しいからなんでも「大丈夫だよ」と言って笑ってくださるから、本当に大丈夫なのか分からないわ。)
「あ、お兄様。」
「どうしたんだいシャロン?」
やっぱり、この「どうしたんだい」が隣からすぐ聞こえることに安心して僅かに頬を緩ませながら、シャロンは話を続ける。
「先程、このリンゴを買いに外へ出た時ですけれど、S級冒険者に会ったのです。ユアンという綺麗な顔の男性だったのですけれど、顔立ちとはかけ離れたクセの強い方で……。」
シャロンがこんなふうに世間話をオルフェウスに聞かせるのは久しぶりだ。
(正確には2週間ぶりくらいなのだけれど、なんだかとても長い間『外』のことを教えていない気がしますわね。)
「……ふうん?そのユアンとは、どうして出会ったのかな。」
いつもより間延びした、低い声。
(お兄様、機嫌が悪い?)
「その、わたくしの不注意で、酔っ払った3人組の男性に絡まれてしまって。そこを助けていただいたのです。」
「ああそういうこと。……シャロン、怪我はしていないね?血の匂いはしていないから大丈夫だと思うけれど、打撲とか、そういうのもしていないね?」
「は、はい大丈夫ですわ!ユアンがパッと酔っ払いたちを気絶させてくれたので。」
そう言うと、何故かオルフェウスの機嫌がさらに急降下した。
「はぁ、次からは姿を見せないように言わないとダメだね……」
「お兄様、どうなさいましたの?まさか、また熱がぶり返してきましたか!?」
何やらブツブツと小さな声で呟いているオルフェウスを見て、不安になるシャロン。
「ううん、シャロン大丈夫……いや、少し気分が悪いかもしれない。シャロンが抱きしめてくれたらマシになると思うのだけれど。」
眉を下げ、しんどそうな表情のオルフェウスに、シャロンはカッと目を見開く。
一瞬でリンゴを載せていた皿を置き、兄をギュウギュウと抱きしめると、オルフェウスが見るからに顔を穏やかにした。
「ふふ。シャロン、そんなに即決で抱きしめてくれるのかい?」
「当たり前です!これでお兄様の体調が良くなるなら、いくらでも抱きしめます、わ……」
シャロンが言葉を言い終わらないうちに、オルフェウスがシャロンの背中にソッと手を回し、顔を彼女の方に埋める。
「うん。ふふ、シャロンは暖かいね。……本当に。」
嬉しさで顔を真っ赤にしていたシャロンは、なんとなく含みがあるようなオルフェウスの言い方を察して、更にギュウギュウと兄を抱きしめた。
(お兄様の方が暖かくて優しいのだわ。だって、わたくしの大好きな人なんだもの。)
閲覧いただきありがとうございます。
もしよろしければ、評価やリアクション等頂けると大変励みになります。




