21 酔っ払いと『蒼羽』
「ア、アハハ……リンゴを1つ、貰えるかしら?」
「あいよ、銅貨2枚だ。」
シャロンは恥ずかしさから固まっていた体を動かして、引き攣った笑顔でリンゴを購入した。
(は、早くこの場から逃げ出したい……!)
正直、フィリップに婚約破棄と国外追放を言い渡されたあの夜会で注目されていた100倍はキツい。
あの時はフィリップ殿下などどうでも良かったし、そんなことよりお兄様に会いたかったから耐えられた。
でも、今は自分の意思で買い物をしにきたのである。
それなのにこの失態。
シャロンは震える手でリンゴを受け取ると、そそくさと店から走り去った。
さて。
シャロンは、オルフェウスに対しては様子のおかしいヤンデレ妹(お嫁さんよ!)になるものの、基本的には品行方正な淑女である。
つまり、ほとんど走ったことがない。
「ハァッ……ハアッ……しんどい。」
店から走り去ったは良いものの、早歩きの方が早いのでは、という速度で100メートルほど走った彼女は、早速バテていた。
「ハァ。……あら、ここどこかしら?」
走っているうちに変な道を選んでしまったのか、シャロンが気づいた時には、周りの景色は全く知らない場所に変わっていた。
シャロン、17歳にして初迷子である。
「おにい、あ。」
(いないのだった。心の支えが……!)
無意識に横に目線をやって、誰もいないことにまた気付くシャロン。
この短時間に2回もこの場にいない兄を呼んでしまうくらいに、彼女の中でオルフェウスの存在は大きい。
その依存心が兄の策略であることにも気付かず、氷のような美貌をシュンとしていたシャロンは、いつの間にか周りに男達がきていることにも気付かなかった。
「お、美人なお嬢ちゃんだな〜。こんなべっぴんを1人にしておくなんて勿体無いよなぁ?」
「!?」
落ち込んで、道の真ん中で立ち止まっていたシャロンの周りを、見知らぬ男達3人が囲んでいた。
シャロンは驚いて、目をまんまるに見開くことしか出来ない。
「驚いちゃった?ごめんごめん、ほら、そこの居酒屋でお酌してくれね?お嬢ちゃんくらいの美人がいた方が盛り上がるしさぁ。」
(うっ、お酒臭い……。昼間からお酒を飲むなんて、執務…じゃなくて仕事はないの?しかもわたくしに酒の酌を頼むなんて!)
驚きから立ち直ったシャロンは、みすぼらしい見た目をした男達をキッと睨む。
「ちょっと、退いてくださる?わたくし忙しいの。」
(こんなに長く外にいる間に、お兄様が起きてしまうかもしれないでしょうが。1人なことに気づいたお兄様が、心細くて『シャロン……』って泣いていたらどうするつもりなのよ!)
シャロンの紫の瞳がキュッと細まり、横柄に腕を組むと、悪役のような猫目も相まって眼光鋭い令嬢の完成だ。
「あ?俺たちがお願いって言ってるんだろうが。その生意気な目はなんだよ!」
しかし酔っ払いには、社交界式ナンパ撃退術は逆効果だったらしい。
激昂した男達がシャロンの顔を目掛けて手を伸ばす。
(殴られる……!?)
反射的に顔を手でおおい、目をギュッとつぶる。
ゴッ!バキッ!
「……っ。……?」
(痛く、ない……?)
ソロソロと目を開けたシャロンの眼前には、信じられない光景が広がっていた。
「大丈夫ですか、お嬢様。」
先ほどまで鼻息荒くシャロンを脅していた男達が地面に沈んでおり、目の前には別の男性がシャロンに向かって大きな手を差し出していた。
「ぁ、ええ。大丈夫よ。ありがとう、ええと……」
(誰?随分と綺麗な見た目だけれど。)
「ユアン、と申します。お嬢様。」
ユアンと名乗った彼は、ウルフロングの金髪に緑の瞳、がっしりした体格の『絵本の王子様』といった風体の男だった。
オルフェウス2人分くらいの厚さの胸板に、冒険者なのか動きやすそうな服で、にこやかな笑みを浮かべるユアン。
その耳には『蒼羽の耳飾り』がゆらめいている。
(あの耳飾りは……!)
「貴方、その青い羽……S級冒険者パーティの『蒼羽』?」
「おや、ご存知でしたか。そうです、俺は『蒼羽』のパーティメンバーのユアンです、お嬢様。」
ニコリ、と音がしそうな理想的な笑顔を浮かべたユアンは、胸に手を当てて大袈裟に一礼して見せた。
『蒼羽』。
ギルド制度があるサダルカマド立憲王国には、ギルドに登録するとなれる「冒険者」という職業がある。
彼らは仕事の依頼達成数や人柄によってS〜Eまでランクづけされており、冒険者達が集まって作る「パーティ」と呼ばれる仕事仲間のグループもある。
基本的にパーティ内にランク制限はなく、A級とD級が一緒にパーティを組んでいることもザラにあるのだが、そんな中でも『例外』は存在する。
サダルカマド国内に数人しか居ないと言われるS級冒険者のみで構成されたパーティ。
それが『蒼羽』だ。
パーティメンバーはその名の通り青い羽を身につけていることで知られているが、それ以外の情報はほとんど無い。
目撃情報も極端に少なく、ギルドで直接仕事を受けるわけではなく特殊なルートがああるらしい、などと、半ば都市伝説のように語られていることはシャロンも知っていたが、まさかこんな所で出会うとは。
「こんな路地でS級冒険者にお目にかかれるとは思っていなかったわ。……殺してないでしょうね?」
シャロンは顔を守るために上げていた手を今更ながらゆっくりと下ろしながら、訝しげな目を目の前の輝く金髪に向ける。
「あはは、お嬢様は面白いことを仰る。気絶させただけですよ。」
無闇な殺生はランクを落とす原因ですからね、と金髪男ーーユアンは長いまつ毛をバサリと靡かせウインクしながら言った。
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