16 乗合馬車に揺られて
「シャロン、私はジェシャートヴァ大公領が良いと思うのだけど、君はどうかな。」
オルフェウスの低く甘い声が聞こえて、シャロンはようやく長い思案の淵から戻ってきた。
「ええ、わたくしもそれが良いと思いましたわ。」
「なら、決まりかな。ミスター・ハワード、店を閉めてまで相談に乗ってくれてありがとう。……シャロンと私の服を何着か購入させてもらおうかな。」
「ホッホッホ。良かったの、お二人さん。そしてありがとう。どの洋服にするかの?」
「機能性の良い服が良いな。旅行用の服を何着か見繕ってくれないか。」
「ここからジェシャートヴァまでは乗合馬車で5日くらいですな。4着でよろしいかな?」
「ええ、お願い。あと、スーツケースも2つお願いできる?………」
「お買い上げありがとう、そして達者でなお二人さん。幸せになるんじゃぞ!……ほら、ペーターも。」
「お、お幸せに……」
2人が『ハワード洋裁店』から出ると、いつの間にかハワードに呼ばれてきていたペーターも見送ってくれた。
シャロンとオルフェウスの手にはスーツケース。
「ええ、2人ともありがとう!お元気でね!」
シャロンはたった2回しか出会っていない人に寂しさと同時に、一歩前進する達成感も感じていた。
(皮肉なものね。17年間一緒だった実家やお父様には寂しさも何も感じなかったのに。)
「お兄様、明日か明後日に出発することにしましょう?」
『ハワード洋裁店』を出た後、シャロン達は食料品や必需品などを買い足し、旅行の準備を整えていく。
「そうだね。ギルドに寄ってジェシャートヴァの情報も手に入れたし……。」
そう、2人はまたギルドに向かい、ジェシャートヴァ大公領の基本的な情報などを仕入れてきたのだった。
先日身分登録をしてくれた魔導士は大公領出身らしく、どんな土地なのか教えてくれた。
『ジェシャートヴァですか?あそこはね、この国だと南部に位置するんですけど、実は北部みたいに寒いんですよ。山に囲まれていて、吹き下ろしてくる風が寒いとかなんとかで。風光明媚でのどかで、良いところですよ。ま、僕は都会に慣れちゃったんで、今戻ったら物足りなさそうですけど』
「落ち着けそうなところで、今からとても楽しみですわ。」
「そうだね。私は人が多すぎると外に出るのすらままならなくなるから、のどかだと聞いて安心しているよ」
「どれだけ人が多くても、お兄様を見失ったり手を離したりしませんわ!」
「ふふ、ありがとうシャロン。君は本当にたのもしいね。」
(昔のお兄様だわ。最近ちょっと変わってしまったかと思っていたけれど安心した。……もちろん夫婦なのも良いけれど!わたくしは兄妹の距離感で夫婦になりたいのよ。)
シャロンの望みにオルフェウスは気づいているのだろうか。
◆◆◆
「どこまで?」
「南部のジェシャートヴァ大公領まで。」
「遠いな!俺は中央のナミビル国有地までしか行かないから、そこで南部行きの乗合馬車に乗り換えてくれ!あ、お代は降りる時にもらうよ。」
2日後。
シャロンとオルフェウスはついに、ジェシャートヴァ大公領に行くことにした。
ギルド前の乗合馬車乗り場についた2人は、一番目的地の近くまで行ってくれる乗合馬車に乗り込む。
「一番遠くてナミビルですか……。おに、オルフェウス様、これは1週間ほどの旅を覚悟しなければならないかもしれませんわね。」
「そうだね。でもシャロン、急ぐ旅でもないんだ。ゆっくりとこの小旅行を楽しもう?」
「はい!」
「ふふ、良い子だね。」
今いるグランバートン辺境伯領は、サダルカマド立憲王国の中でも一番西に位置している。
そこから中央のナミビルまで行って、南部行きの乗合馬車に乗り換えて、ジェシャートヴァ大公領の主都である『カラユイ』に行くのが今回の旅程だ。
5日間も馬車に乗り続けることにシャロンは不安を抱いていたが、馬車に組み込まれている魔道具のおかげで揺れをほとんど無くすことができるらしい。
「魔導、なんて便利なの……!」
シャロンは便利すぎる魔導の虜になりつつあった。
さて、シャロン達が馬車に乗り込んでから2日目。
シャロン達は、途中で乗り込んできた幼い男の子と母親らしき女性の二人組を含め、4人で馬車に乗ることになった。
そしてシャロンは、向かいに座ったキラキラとした瞳を浮かべる男の子に話しかけられまくっていた。
「おねーちゃん達、どこまで行くの?」
「南まで行くのよ。」
「ふーん。僕とお母さんはナミビルまで行くんだ!……あ、ねえねえ、ハンクの冒険ってしってる?」
「あぁえっと、絵本かしら?」
「違うよ!ぎんゆーしじんが教えてくれるんだ!」
狭い馬車いっぱいに響く大きな声で、男の子が教えてくれる。
「そ、そうなの。」
元貴族として、小さい子に限らず、人にいきなり話しかけられたことがほとんどないので、シャロンはタジタジになりながら相槌を打つ。
オルフェウスは常に目を閉じているので、起きているのか寝ているのか分からず、助けを求めることもできないシャロン。
「シーっ!静かになさいジェレミー!」
母親が可哀想なくらい顔を真っ青にしながらこちらにペコペコと謝ってくる。
「おねーちゃん知らないの!?ハンクってまおうを倒したんだよ!?」
「だからシーって言ってるでしょ!……うちの子が本当にすみません!」
「いえ、良いのよ。わたくしはジェレミーと話していて楽しいし。」
シャロンは、兄以外といる時にはいつも怖く見える寒色系の美貌を、頑張って柔らかくなるような笑みに変えながらジェレミーの母親に向かって笑いかけた。
……プルプルと震える母親を見る限り、笑顔の効果はあまり見られないようだったが。
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