14 身分証
「こんにちは、身分登録の方ですね?」
カウンターから少し離れた場所にある大きなテーブルに案内されたシャロンとオルフェウス。
そこでは重厚な紺色のローブを着た痩身の男性が軽く手を振っていた。
恐らく彼が魔導士なのだろう。
「ええ、そうよ。わたくしとおに……夫!の身分証が欲しくて!」
(言っちゃった。お兄様のこと、おおお夫って!言っちゃったわ!)
自分で勝手に言っておいて自滅するシャロンを横目に、オルフェウスが口を開く。
「そうなんだ。お願いできるかな?」
そう言いながらシャロンの腰を軽く引き寄せれば、シャロンはもう再起不能だ。
「かしこまりました。登録料はお二人で金貨1枚です。」
「……結構かかるんだね?」
オルフェウスが驚いたように尋ねると、魔導士は肩を軽くすくめた。
「金貨半枚で一生の信用が買えるなら安くないでしょうか?」
「確かにそうだね。すまない、値段が気に入らないわけではなくて、純粋に驚いたんだ。」
「いえいえ、よく言われますから大丈夫ですよ。……では、お一人ずつこのガラス板に手をかざしてください。名前、性別、生年月日、職業などの基本情報が嘘偽りなく表示されます。後々変更がある時は、もう一度ギルドの魔導師の元へ来て頂ければ無料で変更できますよ。」
「嘘偽りなくですって?魔導技術は本当にすごいのね。サダルカマド国外に輸出禁止なのが惜しいくらい。」
「あはは、我が国の最重要機密ですので。そのあたりはご容赦を、ね?」
「ふふふ……あらおに、オルフェウス様どうされましたの?」
魔導士の男と話していると、急に腰に回された腕の力が強くなる。
シャロンが疑問に思って兄の顔を見上げるが、肝心の兄は素知らぬ顔だ。
「ううん、なんでもないよ可愛いシャロン。…それよりも、もう手をかざしても良いのかな?」
「あ、ええいつでも大丈夫ですよ!」
「では始めますね。お二方のうち、どちらから始めましょう?」
魔導士の男が、ローブのの影からでも分かる人好きのする笑みを浮かべると、オルフェウスが手を挙げた。
「じゃあ、私からやろうかな。……ああすまない、私は目が不自由なんだ。どこに手をかざしたらいいのか教えてくれると助かるな。」
「かしこまりました。ではお手を失礼しますね、はい。ここでストップです。この状態を維持しておいてください。」
男は慣れたようにオルフェウスの手を机の上に置いてあるガラス板の真上に持ってくると、目を閉じる。
そして、ガラス板に円形に掘られている不思議な文字を一周撫でると、板が光り出した。
「わ……!」
シャロンが思わず声をもらす。
初めて魔導を見た瞬間だ。
すぐに光は止み、ガラス板から銀色の金属板がふわっと浮き出てくる。
(どうやって出てきたのか分からなかった。未知すぎて、すごいわ魔導!)
「はい、もう良いですよ。あとは……はい、証明書です。この金属板は、決められた人間が触ることで身分証の詳細を見ることができます。この板を失くすと、再発行にはまた金貨半枚かかりますからお気をつけて。」
魔導師の話によるとギルドや検問所で魔導機械に通したり、証人に設定された人が握ったり。
あとは魔導師長クラスなら何も無くても身分証の詳細が見える、との話だった。
「あぁ、ありがとう。……これは私には視えないな。シャロンには見えるのかな。」
「はい。証人として奥様を設定なさったら奥様も見れますよ。奥様の波長を設定しておきますね……はい、どうぞ。見れるようになったと思いますから、確認なさってください。」
シャロンが魔導士に手渡された銀色の薄い金属板を握ると、彼女の眼前に半透明のディスプレイが出てきた。
『名前:オルフェウス(元ロノヴァン王国スノーリナベル伯爵家長子:この情報はON/OFFにすることができます)
性別:男性
年齢:20(共通歴3054年2月18日うまれ)
犯罪歴:無し
職業:無し
住所:不定
ギルドへの冒険者登録:無し』
「まぁすごいわ……この半透明のものは触れないのね。情報も正確なものが載っているし。」
(正確すぎるけれど。)
シャロンは目の前に浮いている空を触ろうとして失敗しながらも、感動したように言った。
「はい、触れませんよ。その辺りも重要機密なので説明は出来ないんですが、ハハ。……奥様もパパッと登録済ませてしまいましょうか。」
「お願いするわ。」
シャロンは犯罪歴の欄がどうなるのか密かにドキドキしながら、ガラス板に手をかざした。
『名前:シャロン(元ロノヴァン王国スノーリナベル伯爵家長女:この情報はON/OFFにすることができます)
性別:女性
年齢:17(共通歴3057年11月4日うまれ)
犯罪歴:???(起訴は未確認)
職業:無し
住所:不定
ギルドへの冒険者登録:無し』
(犯罪歴はそうなるのね……。あれはフィリップ殿下の一方的な私刑だから、公的には認められていないということかしら。)
「どうです?情報は大丈夫そうですか?」
無言で情報を眺め続けるシャロンに、魔導士が不安そうに尋ねてくる。
「ええ、完璧よ。ありがとう。金貨1枚だったわね、はい。」
「はい確かに。登録ありがとうございました!住所変更などの際はまたここにいらしてください!」
シャロンとオルフェウスは魔導士に手を振ってギルドを後にした。
ギルドから出たところで、オルフェウスが口を開く。
「シャロン。どんな情報が載っているんだい?」
「名前や生年月日などの基本情報から犯罪歴まで載っていましたわ。わたくしの犯罪歴は不明と出てきましたけれど。」
「不明?……ああ、正式な令状などがあったわけでは無かったからか。魔導はすごいね、そんなことまで読み取ってくれるだなんんて。」
「本当に。魔導がサダルカマドから門外不出なのも納得ですわ。こんなものがルールも無しに流通したらと思うと……」
「サダルカマドが軍事的にも国交的にも強い国だからこそできたことだ。この国はロノヴァン王国の隣国とは思えないほど発展しているし。」
ロノヴァン王国は良くも悪くも保守的で、新しい技術を創ろう・取り入れようという発想に乏しいのだ。
「あの国に一生囚われ続けるより余程良かったですわね、わたくし達。」
2人はゆっくりと歩きながら、国を逃れられた幸運に微笑み合った。
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