背信
相変わらず三人での生活は続いた。
買い出しは主に俺が行う。家での料理や、周辺での狩りも時折やった。
リリィも少しは家事を覚えて、洗い物や洗濯だけでなく、部屋の掃除なんかにも手を付ける。
ラウラは庭で土いじりだ。
持ち込んでいた種を植えて、何やら奇妙なものを生やしては回収し、部屋へ引き籠っていく。
彼女は昼夜を問わず、気ままに俺を求めてくる。
そうなると必ず、護衛としてリリィもやってくる。
俺が行為の最中に必ず彼女を呼びつけ、身体に触れるようになると、最初は遠巻きに待機していたのが、最近じゃあ目を向けるだけで近くへ来るようになった。
従順さもここまで来ると病気だ。
あくまで、ラウラとの時に触れるだけ。
そういう状態がしばらく続いた。
※ ※ ※
暇つぶしに本なんぞへ目を通していたら、後ろからラウラが首に抱き付いて来た。
薄っすらと感じる薬品の匂い。
細くて小さな腕が絡み付き、胸元を撫でた。
「ふわ…………ふぅ」
「こら。私が抱き付いたのに欠伸をする情夫が居るわ。これは折檻が必要ね」
「お前はするよりされる方だろ……なんとなしで手に取ってみたが、眠くなるだけだった」
「文字は読めるのね」
「冒険者をやるなら多少はな」
実家に居た頃は嫌で仕方なかったのに、飛び出してから必要性に気付いて、苦労しながら覚え直したんだ。
これは本当のこと。
「アナタ戦士よね、錬金術の本なんて読んでどうするの」
「だから適当に取ったって言った。読んでまずいものだったのか? まあ、色んな連中と組むから、他職の事は知っておいて損はないんだ。ないが、こんなに眠い内容とは思わなかった」
「仕方のない子。こんなの初歩も初歩よ」
俺の手から本を取り上げ、回り込んだラウラが膝の上へ乗ってくる。
いつものように支えてやると、遠慮なく凭れ掛かって胸元へ頬を寄せる。
「特別に私が教えてあげましょうか、錬金術」
「なんだお前、そんなの出来るのか」
「黄金を生み出すことは出来ないけど、黄金以上に価値あるものを生み出すことは出来るわね」
「へぇ、アダマンタイトとか作れるのか?」
「理論上は可能ね。といっても、完全に無から生み出すんじゃないわ。そもそもあの金属は鉱石として採取されること自体が稀だから、大抵は魔物の体内から微量に検出されるものを精製し、搔き集めて一つの塊にするの。薬物や特定の魔術を用いて狙いの物質を取り出したりするのは、錬金術の基礎であり、奥義よ」
聞くだにややこしそうな話だ。
アダマンタイト。
究極の物質。
無を帯びた鉄。
光無き星。
色々と呼び名はあるが簡単に纏めると、馬鹿みたいに重たくて、魔と名の付く力から一切の影響を受けないとされている。
じゃあどうやって武器や防具にするのかって所は、極一部の連中しか知らないことだ。探って生きて戻れた奴は居ない、とも。
つまり、
「あれ、俺今、もしかしてとんでもない国家機密を聞かされてないか?」
「困ったわ。知られたからには死刑かしら」
「執行人を懐柔したいんだが、どうすればいい?」
問えばラウラはにやりと笑い、俺の胸元を撫でてくる。
「じゃあ、今晩はお魚が食べたいわ。この前釣ってきてくれたヤツ、とっても美味しかったの。駄目?」
「……今から釣りに行けと?」
昼過ぎとはいえ、餌の確保から始めるとなると、結構ギリギリだ。
だが釣ってこないと死刑になるので、ちょっと頑張ってみるしかない。
※ ※ ※
「という訳で、行くぞ」
「きゃあ!?」
鍛錬後の湯浴みをしている所へ入り込み、リリィへ声を掛けた。
「ななっ、なんで入ってくるんですか!? 使用中の看板を掛けておいた筈ですけどっ!!」
「あぁ。だからお前が居ると思ってな」
「居るんだから入らないで下さい!!」
「我儘な奴だ」
「なんで私が責められなきゃいけないんですか!?」
第一、主人が起き出しているのにのんびり湯浴みをしている護衛があるか。
ラウラの行動は勝手気ままだから、合わせて動くのは困難極まりないんだが、半時も待たされて出てこないから仕方ない。
とりあえず俺は事情を説明し、主人の為の仕事だと言い張った。
「…………待ってた半時の間に行けばいいじゃないですか。いいじゃないですか、湯浴みくらいゆっくりしてたって……!」
すっかりむくれてしまったリリィがようやく湯舟からあがってきて、俺の差し出した手拭いを受け取って髪を拭く。
「ってなんで居座ってるんですか!? 出てって下さいっ!!」
「なんだ。慣れたのかと思ったのに」
「急いで支度はしますからっ、そこに居られるとやりにくいんですっ!」
まだ少し遊びたかったが、ちんたらやっていると本当に遅くなってしまう。
そうなるとラウラが煩いんだ。
「じゃあ、俺は先に行ってるから、後から追い付いてくれ」
道具一式を持って川で餌探しをしていると、普段通りに剣を腰に差した状態のリリィが現れる。髪を乾かすほどの時間は無かった為か、しっとりと濡れていて、妙な艶っぽさがあった。
あまり餌の数を得られなかったが、まあいいだろうと並んで釣り糸を垂らすことにした。
「そういえば、一人にしちまってるが平気なのか」
「……今更なことを聞きますね」
釣り果も出ないので話を振ると、リリィは大真面目な顔をしたまま応じてきた。
じっと浮きとなる枝を見詰めている。
「私とラウラ様には魔術的な繋がりを引いています。何かあればすぐ感知出来ますし、ラウラ様から限定ではありますが、それとなく意志や命令を送る事も、出来る筈です」
「そりゃ便利だが、だったら最初からやってくれりゃあ、浴場のお前を覗く必要は無かった」
「それは最初からやる必要はあったんでしょうかねえ……! 扉越しに声を掛ければいいじゃないですかっ」
リリィは食い付くが、魚が食い付かない。
今日の森はとても静かだった。
「それとは別に、森には結界が張られてます」
「結界? あぁ、神官がやるような奴か。アイツ、ルーナ神にまで仕えてたのか」
「あんな狂った神をアテにはしません」
おっと、神殿が聞けば怒り狂う発言だ。
そういや魔物狩りを主体とするクルアンの冒険者は神官を頼りにするが、人間同士で殺し合うここ北方だと嫌う層も多いんだったな。
傷を負っても回復させられ、死ぬまで前線へ送られる。
極端な加護を与えた新兵を矢弾同然に消耗するとか、そういうのも平気で行う地域だ。
相手が魔物から人間に変わっただけで、どうしてこうも使い方が変わるのか。
都市の方じゃあ神官服を着ていると石を投げてくるのも居るってエレーナが言っていたな。一人歩きが出来ないくらい、嫌われているらしい。
アイツは容赦なくやり返すから、グロース辺りが付いてないと大変なんだと。
バルディじゃあ喧嘩に乗っかって大暴れするからな。
価値観の違いってのは厄介だ。
同じように魔物狩りが出来ると思っていたら、殺人集団が現れたと勘違いされて現地民と揉めるなんてことも平気であるとか。
「細かい所は貴方が知っても仕方のないことです。許可の無い侵入者があれば感知され、排除される。そう思って貰って構いません」
「素晴らしいもんだな、王族の身の回りってのは」
リリィの竿が揺れた。
「……どこでそれを」
「ラウラから聞かされた。平民風情が高貴な血を抱いた感想はどうだとか言われたな」
外からの侵入者には、件の結界があるから然程警戒はしていない。
あぁだから、リリィはずっと俺だけを警戒しているのか。
外よりも内。
まあ、日夜激しい行為を繰り返しているんだから、どこかで命を狙ってくるかもと考えるのは当然だな。
「本来なら貴方が触れる事も、見る事も叶わない方です」
「生憎と内の内まで触り放題だし、アイツもそれを望んでる。それはお前から見ても分かるよな? まあ、だから俺はまだ殺されていないんだしな」
日に日にラウラの欲求は高まっていく。
アイツは危ないのが大好きだ。
痛くされるのも、苦しいのも、死にそうだと感じると股を濡らして大喜びする。最初は虐められるだけで良かったのに、俺が加減していると思ったら怒り出すくらいだからな。
「護衛としては落ち着かんか。どこかで一線を越えて、死なせることになるかもって思うのは、まあ当然だが」
「っ……」
今朝の事でも思い出したのか、羞恥と屈辱でリリィは顔を赤らめる。
これだけ忠実であろうとしている主が、ポンと現れた男相手にヨガっているんだから、その内心は穏やかじゃないだろう。
あまつさえ、その男が自分にまで触れてくるんだから。
「………………ラウラ様も、御承知なんで、しょうか」
「なにをだ?」
なんとなく察しながら聞く。
「その……」
「おう」
「貴方が、私に、触れていることは」
「こういう風にか?」
「っ!?」
立っていた彼女の腰へ手を伸ばし、抱き寄せた。
身を強張らせながらもあっさり腕の中に入ってくる。
というか、抵抗をしない。
耳元から首後ろまで赤くしながら、リリィが呼吸を乱してじっと前を見詰める。
「最近はそうして息が荒くなるようになったな。だがそれだとラウラに気付かれるぞ。アイツはそんなことしているとは思ってない。苦しいのが気持ち良過ぎて周りのことなんて見てないからな」
だが今朝は特に危なかった。
息を乱したリリィが落ち着く時間をとれるよう、限界までラウラを責め立てる必要があったからな。
「…………どうして、私に触れるんですか」
これを本気で言っているんだから、この女は真性の男たらしだ。
穢れを知らず、男を拒絶し、凛々しくあろうとしながらも、その端々で甘い蜜を振り撒く。
「男が女に触れる理由は一つだ。お前を抱きたいと思っているからだ」
「………………………………………………なんで」
「嫌か?」
「嫌です」
「そうか。でも、離れていかないんだな」
「…………」
呆然と立ち尽くす。
まるでその先を知らないみたいに。
あんなにも激しく絡み合う俺達を見ておいて、彼女はこうも無垢なまま。
腕の中から立ち昇る女の香りに、つい衝動的に肩を抱いた。
引き寄せる。
釣り竿が落ちた。
でも、構わない。
向き合ったリリィは頬を染めながら、決して逃げる素振りも見せず、まるで初めて恋を知った少女の様な顔をして俺を見上げてくる。
「駄目」
「だったら押し退けてみろ」
「駄目……です」
あまりにもチグハグな彼女の言葉に、僅かな躊躇を覚えたが。
手段は選べないと、そういう覚悟をしてきた筈だと向き直った時。
リリィの細く滑らかな指先が俺の頬を撫でた。
求めるような目がそこにある。
拒絶を口にしながら、呼吸の仕方を忘れたみたいに喘いで。
「ロンドさん」
このリリィという女の放つ、男を誘う色香へ吸い寄せられるみたいに、俺は彼女に口付けた。
ラウラには一度たりともしたことのない行為。
その意味すら知らないみたいに、ぎゅっと身を縮めて受け入れる少女を求め、舌を捻じ込んだ。
「っ!? んっ、ん、ぁ…………っっ、ちゅ、ん……っは、ぁ、んっ、んんんっ! あ……いや、んん~っ、だめ、っ、は、っ、ん……ふぅ、っ、ちゅる……ちゅっ、ちゅ、んっ、あっ、ぁ、はぁっ……はぁ、はぁ、はぁ、んんんんん!?」




