錯乱
「再会を祝して」
『乾杯っ!!』
陶杯を打ち合わせてエールを煽る。
堪え切れず一気に飲み乾していけば、隣に座るエレーナが『うわぁ』と呆れ気味に笑った。
「おじさん大丈夫? ラーグロークってのに連れてかれちゃうんじゃない?」
「今なら宴会の神も怖くない気分だ」
言いつつチーズを摘まんで口の中へ放り込む。
濃厚な味わいに堪らず陶杯を手に取るが、空にしたのを忘れていた。
「ははっ、次が来るまでちょいと待ちなよ兄貴」
「その呼び名、まだ続けるつもりか」
対面から煽ってくるのはバルディだ。
エレーナと同じく、ゼルディス率いるパーティに所属するミスリル級の槍使い。更にその隣にはグロースが居て、家族持ちの彼はゆったりと酒を愉しんでいる。
「そうだな。兄貴は兄貴だ。敬意を以って兄貴と呼ばせて貰おう」
二人共、雪山以来いろいろと世話になり続けている相手だから、あまり邪険にするつもりもないんだが、上位ランクの冒険者から兄貴呼ばわりはむず痒くって仕方ない。
「お前らのそれは尊敬というより、脅しに聞こえるんだよなぁ」
「さて、どういう意味か分かりかねるな」
「つーか、姉さんも誘えば良かったのに」
いつかのお返しみたいに言われて、ようやくやって来た酒に手を付ける。
と、一番奥の席でエールの添加物を探っていたフィリアが手帳に何やら書き込んでいく。料理に酒、店の作りに雰囲気と、結構熱心に調べていた。
また店を改良していく気か、なんて思っていたら、服の裾を掴まれた。
エレーナだ。
「姉さんって……リディア=クレイスティアのこと」
「あぁそうだな。ウチの女王陛下も、たまには羽目を外して貰った方がいいんじゃないか?」
「先の、フィリアの店で意外と飲めることも分かったしな」
「私アイツ苦手なんですけどー」
頬を膨らませる最年少に、子持ちのグロースは顎を擦って笑みを作る。バルディは普段通り、何を考えているのか分からないが、にやにやと笑って俺を見る。
「一緒に飲んでも楽しくないじゃない。いっつもむすぅっとしてるんだから。フィリアもそう思うでしょっ」
「……そうねえ」
上の空だ。
なので俺に来る。
「おじさんは不満なの!? 私が居るんだよっ!」
「分かった分かった。ほら、野菜ももう少し食べろ」
「いーやーっ、ブロッコリーは嫌いなのっ。ぐずぐずしてて食べにくいーっ」
なにはともあれ、少しはパーティ内で受け入れられつつあるみたいで良かった。元々そこの二人は視野が広いというか、個人主義なようでしっかりと周りを見ているからな。
フィリアを挟む形ではあるが、こうして一緒に飲んでもいるなら、思っていたよりエレーナの立場は悪くなっていないようだ。
「俺らとしちゃ、ウチのエースがこうも兄貴に懐いているとはって感じだよな、グロース」
「あぁ、バルディ。いささか、手の速さに戦慄を覚えるほどだ」
ちくちく刺されちゃいるが、本気じゃあない。
酒の肴にされるのはもう仕方ないので、俺は俺で気楽に飲ませて貰うことにした。
※ ※ ※
酒が回れば口も回る。
冒険者が集まれば酒の量も増え、嘘か誠か、四方山話に花も咲く。
エールを煽り、顔を真っ赤にしたエレーナが真実を見抜いたみたいな顔で言う。
「私が思うに、リディア=クレイスティアはとんでもないドスケベよ」
ほう。
「普段ああして澄ました顔してる奴ほど色恋に溺れるものなんだからっ。私、そんなものには興味ありません、とか本気で言っちゃってる奴はねぇっ、一度好きになった相手が出来るともうドロドロよ! 貞淑さとか簡単に放り捨てて自分から飛びついてくるんだからっ」
皿も冷めて久しく、酒ばかりが注がれてもう一刻か。
結構早い時間から飲み始めたんだが、そろそろ外が暗くなってきた。
「なるほど。それについては兄貴からの意見が欲しいな?」
「あぁ、この中で最も女に詳しいのは兄貴だからな」
「さてな。あのリディア=クレイスティアが喘いでる姿なんざ想像も付かない」
「ははははは」
「ははははは」
「あっははははは!」
一頻り笑った後、俺はエールを煽って立ち上がった。
別に逃げ出そうとか、腹を立てた訳じゃない。
単に戻る頃合いだと思っただけだ。
幾らか金を置くと、心配そうな顔をしたエレーナが袖を掴んで来た。
「もう帰っちゃうの……? まだ居ようよぉ」
なんとも、言われるまま腰を落ちつけたくなる顔をしていたが、俺はにっ! と笑って彼女の頭に手をやった。
少しそのまま、髪を乱さないようにそっと、感触を味わう。
「ありがとな。結構楽になった。お前らも。最前線で魔物狩りを続けてくれてる連中の前で言うのもどうかと思うが、おかげで楽をさせて貰ってるよ」
「…………どっちが最前線だか」
透き通るような心地良さを手放して店を出る。
さて、と思った所でフィリアが追い掛けてきて何かを放る。首飾り、護符か。
「それ、いざという時に――――」
投げ返した。
「悪いな。今から女の所に戻るんで、別の女の匂いを付けていくと嫌われる」
受け取った彼女はじっと俺を見詰めた後、深くため息をついた。
「大丈夫か。疲れてるんだろ、無理すんな」
「今更になって後悔してますわ」
「すまんな」
言いつつ背を向けた。
もう本格的に日暮れが始まっている。
屋敷までの道はそこそこあるし、灯かりもないから道中が不安だ。
冷たい北風に背を押されながら俺は帰路についた。
※ ※ ※
深い森に囲まれた一本道、月明かりはなく、空はすっかり曇っている。
ただ、夜目に慣らせば全く見えないってほどじゃない。
雲越しに差し込む僅かな光を頼りに道を行けば、そろそろ見慣れてきた屋敷が現れる。
「…………ん?」
二階、ラウラの部屋に灯かりがあった。
今日は冒険者仲間と飲んでくるから遅くなると、予め伝えておいたんだが。
「おう。出迎えとは殊勝じゃないか。そんなに俺が恋しかったのか?」
入り口に立っていたリリィへ軽口を叩くと、彼女もどこかむすっとした様子で俺を見て、すぐに背を向ける。
「ラウラ様の部屋へ。少々、お怒りのご様子です」
「なにがあった」
「今日会うと言っていた冒険者仲間に、女が居るとは聞いていない、と」
ため息が出た。
「女冒険者くらい大勢居るだろうが」
「そうですか。随分と親しげでしたが」
なるほど、尾行してきたと。
少し思案する。
で、
「そんなに機嫌を損ねるなよ、リリィ」
こちらを向かせ、彼女の頬に手をやった。
避けられるかとも思ったが、身を強張らせて抵抗しなかった。受け入れられている、のとは違う様子だが。
こちらを見詰める瞳は常のまま。
ただ、頬は赤く染まり、唇が震えている。
それに自分でも気付いたんだろう、彼女ははっと表情と引き締めた後、素早く俺から距離を取って屋敷へ入っていった。
追わずに立っていると、振り返って睨んでくる。
「ラウラ様がお待ちです」
「いや。会いにはいかない。勝手につけ回して、勝手に嫉妬して、挙句面を出せだと? 話を聞かせて欲しいのなら自分で来い」
言って本当に自室へ戻り、毛布を被っていると、怒ったラウラが突撃してきた。浴びせられる怒声を無視して目を閉じ続け、それが直近に来た所で引き入れて、押し倒す。
入口に立っていたリリィが一瞬呆け、慌てて剣を抜いて寄って来た。
が、俺が取り出したのが短剣ではなく、テメエのブツだったのを見て顔を赤らめる。
「どうした。もっと近くで見てもいいんだぞ」
服をめくり上げ、前戯も無しに押し込むと、勝手に潤いが増して喘ぎ始めた。
震える身体を抑えつけ、責め立てながら、リリィに目をやる。
「ほら。こっちに来いよ」
期待ではなく。
親愛ではなく。
命じられたから、彼女は近寄ってくる。
さっきまでの怒りはどこへやら、嬉しそうにする主人と、それを組み伏せる男を目前にし、呆然とその様子を見る。
責めを激しくし、毛布を頭に被せたまま。
リリィへ手を伸ばし……その乳房を掴んだ。
一歩下がられ、手が落ちる。
それだけ。
俺は構わずラウラの尻を掴むと、勝手に何度も達している彼女へ仕置きを加えていく。
リリィは何も言わず、その様子をじっと見詰めていた。




