5-1 本業開始へ
有用性よりも好奇心に基づいてなされた顔合わせをどうにか終え、ユリーシャの護衛任務に戻るべく、リンディがその対象である姉とナユカとともに部屋を後にしようとすると、当然といえば当然だが、助手がついてきた――ので、足を止めて振り返る。
「あ、そうそう。今日は顔合わせだけだから、後は適当にしてて。セデイトは、あさってから始めるつもり」
姉がここで結界破壊士の助手をしている間は、一緒にいたいリンディ。そんな思惑など知る由もないティアは、すぐにでもセデイターの助手として活動する気でいた。
「そうなんですか?」
「ま、自由にしてて」
微笑むセデイターの言葉に、助手は甘える。
「では……お供します」
彼女の場合は、こういう甘え方だった。これはリンディの想定外。
「へ?」
「特にやることがないですし」
確かに、自由にしろとは言ったけど……それだとこっちの自由が……。仕方ないので、適当に対案を出す。
「えーと……遊びに行くとか……」
「でも、ひとりですし……」
「友達とか……」
「ここには、仕事で来ましたから」
それはそうだ。ここが地元じゃなければ、そうなる。どう言いくるめるか……。思い浮かばない妹の耳に、後方から姉の声が届く。
「セデイターさんたちのお邪魔しちゃ悪いから、行きましょうか、ユーカさん」
「え? あ、はい」
ユリーシャに促されたナユカは出口へ向かいつつ、後ろを振り向く。
「あ、ちょっと待って」
ふたりを追うリンディと、ついてくるティア。
結局、オフィスにいる限りは、ユリーシャの護衛はトゥーラひとりで十分であることから、いったんセデイター組と結界組に別れ、それぞれの職務を遂行することとなった。セデイターが情報検索をするための端末も設置されているので、外へ出る気はリンディには毛頭ない。
「それじゃ、またあとでね、リンディ」
ユリーシャの言葉の意味を、妹はナユカに確認する。
「あとって、すぐだよね、ユーカ」
「まぁ……たぶん、そう……」除去すべき結界が決まっているのなら、すぐに終わるはず……。結界破壊士は、自分の「助手」に尋ねる。「ですよね?」
「判断は、状況を見てからね。では、行きましょう」
ユリーシャは、ナユカを連れて結界の方へさっさと移動開始。リンディに自分の助手との行動を促すためだ。
「はあ」そのセデイターから漏れるのはため息。「じゃ……まぁ……適当に……調べますか……」
その口調に、やる気はまったく感じられない……。それでも、助手を伴ってゆるゆると歩くと、どうにか端末の前に到達。
ここルウィッセでは、隣国であり友好国であるセレンディアのセデイターを積極的に受け入れており、セレンディアにおいてセデイター資格を取得していれば、端末操作の登録ができる。リンディは以前このオフィスに来たときにすでにしてあり、有資格者のティアも、本日、合流前に済ませたとのこと。
「じゃ、もう使い方わかるよね?」
ティアにやらせてみよう、面倒……じゃなく、あくまでも助手が慣れるために。
「いえ、まだ登録しただけで……」
「そうなの?」
ふつう、登録したら、ついでにいじると思うけど……悠長なやつ。そんなセデイターの胸中の疑問に、ティアが答える。
「……せっかくですから、初めてはリンディさんと……と思いまして」
その心情は、思われるほうにはよくわからない。
「……ま、とにかく……セレンディアのとだいたい同じだから、やってみて」
ここのシステムはセレンディアから導入したものであり、操作方法やインターフェイスはほぼ同じもの。
「はい。では……」
ティアが操作するので、端末の正面に座っていたリンディは、横にずれる。
「……それじゃ、どうぞ。あ、言語設定はわかる?」
「はい。それは登録のときにやりました」
「そ」
画面表示言語はデフォルトでこの国の第一言語であるルウィン語だが、システム導入元の言語であるセレンディー語に変更することができる。リンディはルウィン語を解するが、ティアはどうなのだろう? まだ使えるか確認していない。そして、端末操作中の彼女によって出された表示はセレンディー語。ということは、駄目なのか……。となると、この国でどの程度役に立つのか、少々疑問だ。
「これでよろしいでしょうか?」
「え? あ、まぁ……」助手のこの聞き方から察するに……。「ルウィン語わかるの?」
「はい」
……てことは、こっちがわからないと思ったわけね。
「あたしもわかるけど……ま、いいや、これで」
「あ、そうですか……し、失礼しました……」
それがわかってるならいいけど。
「じゃ、先、進めて」
「ごめんなさい……」
この助手の反応は、また妙なパニックの始まり? ここでそんなことになったら……。予測される事態を回避すべく、なだめるセデイター。
「うん、わかったから……気にしないで、先に進めてね」
「はい、すみません」
平静を保ったティアは、操作を進める。それにしても……これ以上、こちらが気を遣わずに済ますために、リンディとしては確認しておきたい。
「あのさぁ……ちょっと聞いておきたいんだけど……」
「はい。なんでしょう?」
聞き返す声はふつう。
「なんでそんなに……過剰反応するの?」
「過剰反応……」
この言い方は……やっぱりまずい?
「あ、いや……まぁ、その……」
「そうですよね……」
認めた。自覚があるなら、ここは進めてみよう。
「……うん、ちょっとね」
「実はわたし……あの……」
ティアの顔が上気してくる。もしかして、やっぱりなにか心理的な……トラウマとか……なんか面倒なことが? 聞かなきゃよかったかな……。
「あ、別に……」
質問側が質問の撤回を検討したところ、助手が正対して居住まいを正す。
「リンディさま」
真っ直ぐ見つめてくる。敬称が戻っているのが、なんだか怖い……。
「あ、はい」
こちらも座りなおす。すると……。
「……ファンなんです」
「はい?」
なんのこと? すぐに続きが……。
「大ファンなんです、リンディさまの」
「え? あ……はい?」
意味を理解するのに時間を要す。
「それで、今回は強引に……父を通して……助手にさせていただきました」
「あ? え……あ、そうなんだ」ファンと言われて戸惑いつつも、悪い気はしないが……話が見えない。「えーと、それで……?」
「隠していてすみません。わたし、ウォルデインの娘です」
「え? あの……新しい部長の?」新任の魔法部長ウォルデイン……その娘という。とすると、引っかかる点がある。「……てことは、偽名なの?」
「いえ、本名です。『フィブレ』は母方の苗字で、ミドルネームです。ふだんから『ウォルデイン』は隠していて」
「ふーん。ま、それはそれとして……」魔法部長絡みで聞きたいことはある。しかし、問題はそこではなかったはず。「で?」
「初めてお見かけしたときからファンで、セデイトされているときも……うっ」
突然、下を向いて口を押さえるティア。
「ど……どうした?」
「ん……大丈夫です、今度は」
助手はすぐに顔を上げた。「今度は」ってことは、また調子悪くなったということだろうか?
「そう?」
「きれいな《・・・・》リンディさまが、目の前にいますし」
なんのこっちゃ。なんで唐突にそんなことを……。当人は返答に困る。
「……」
「さっきは、まともに見られなかったから……」
顔を赤らめる助手。むしろ、その反応を受けるこっちが気恥ずかしい。
「そ、それで……」ここを引っ張られても……。とにかく、本題に戻そう。「最初の話なんだけど……?」
「最初……」
「まさか……」
リンディの懸念に反し、ここで「なんでしたっけ?」とボケるほど、ティアは天然ではなかった。
「ああ、そうですね。わたしが過剰反応する理由ですよね?
「そう、それ」
よかった……やっと話が進む。
「それは、リンディさまのファンなので、どうしても……その……あの……そういうことなんです……すみません……」
それで終わり? 「具体的に」と、促したくなるところだが、具体的に話されると面倒な気がする。要するに、過剰反応の理由は「ファンだから」というわけだ。それ以上聞かされると、こちらの居心地が悪い。
「なんか……まぁ……だいたいわかった」
「ありがとうございます、リンディさま」
どうも、さっきからまた「さま」が付いている。ファンだということを話しているからだろうけど。
「その『さま』はやめてね」
「あ……」血の気が引いたようにフリーズするティア。「ク……クビ……」
「だから、しないっての……やめれば」この言い方は、無理な誤解に基づく過剰反応を促しそうだ。「あ、『さま』をやめればって意味ね」
「はい、やめます。即、やめます、リンディ……さん」
「どうも。それから……」過剰反応を軽減するには、どう言えばいいだろう……。「あたしは……わりと寛容なの。わかる?」
「あ、はい。わかります」
同意したけど、含みはわかっているのだろうか?
「じゃ、そのこと……よく覚えておいてね」
「はい。肝に銘じます」
……なんか、重いな。ま、とりあえず……これでいいだろう。
「それじゃ、作業に戻ろっか」
「はい。承知しました」
これで、ようやく差し向かいでの話し合いを終え、端末へと向き直る。セデイト対象者の情報検索に戻るわけだが……セデイターはその前に十分疲れた。せっかくの助手だし、ここはティアに任せてみよう。
「そのままやってて。すぐ戻ってくるから」
「どちらへ?」
「ちょっと、用足しに……」
「用……」
ティアが妙に驚いた顔をしたため、逆にリンディのほうがぎょっとする。
「ど……どうかした?」
「あ、いえ……なんでもないです。そうですよね……」なにか納得したようで、平常に戻る。「いってらっしゃいませ」
「は、はい。行って参ります」
調子が狂って、こっちまで丁寧な口調になってしまいながらも、リンディは席を立って、その場から離れる。「今のはなんだったんだろう」と訝しく思いつつ去っていく彼女には知る由もないが、ティアのあの反応は、一昔前のナユカの世界でいう「アイドルは用を足さない」というやつ。こちらにはあちらのようなアイドルはいなくても、似たような反応というのは起き得るものだ。
さて、そうかこつけて、リンディが実際に向かうのは、結界作業の場。すなわち、ユリーシャ……とナユカのところ。本日頻繁に起きる「助手疲れ」の気分転換に。
結界再構築作業の現場にいた両者と軽く言葉を交わして、リフレッシュしたリンディは、助手への口実のほうも経由してから、端末の前へと戻ってきた。
「お待たせ」
「あ……はい、お帰りなさい」
返事した助手の挙動が、またもどことなく不審だ……。
「なに?」
「いえ、なんでも……」
気まずそうに下を向くティア。なんだか気になるリンディだが、この助手の妙な所作にいちいち反応していたらこっちの神経がすり減るので、あえて無視。
「結界作業のほうは順調だったよ。ナユカは暇そうだったけど」
「あ、それで遅く……あ」
口を押さえた助手を見て、どういう意味かリンディは察した。
「違うってば! 現場を見に行って話してたから……」
そうであったとしても別にいけないことではないとはいえ、勝手に誤解されるのは不本意だ。
「そうですよね。承知してます」
「そうだよ、もうっ」と、答えたものの、この先、またこんな反応をされたら嫌だ。ここは、先にはっきりさせておく。「あたしが人類だってこと、頭に入れておいて」
これで、いつ何時、どういう用であっても、妙な反応をせずに受け入れるはず。
「……はい、わかりました」
ティアは改めて現実に目を向けただろう。たとえ、生産されるものを別の美的なものに置き換えて認識していたとしても……。そんなことはともかく、というか、こんな話題からはとっとと離れたいので、セデイターはすぐに本題に入る。
「それで……どうだった?」
「はい、ここからかなり近いのが、二件ほどあります」
助手はスクリーンを指差す。すると、その先を追うリンディの目に、あって欲しくないものが映る。
「え? 一人はこの街じゃない」
「ええ。どうやら、付近にいそうですね」
ランクはD。人々の脅威になることはなさそうとはいえ、迷惑行為を起こすことは十分ありえるので、セデイターとしては、知りながら放置していいものでもない。
「……」
なぜか無言のリンディへ、振り向いたティアが視線を向ける。
「やります……か?」
「今日はその予定じゃなかったけど……」
今日は助手との顔合わせのみのつもりだった……というか、ユリーシャがここにいる今日明日は、そばにいるつもりだった……護衛の名目で。
「では、明日ですか? 騒ぎを起こさければいいんですが……」
「わかってる。わかってるよ……」セデイターは他にもいる……でも、姉のいるこの地で人任せにして、放っておくわけにはいかない……だけど、おねーちゃんと一緒にいたい……。そんなジレンマを、リンディは振り払う。「よし、やろう」
ここで見て見ぬふりをしたら、姉に合わせる顔がない。
「了解です」
待ってましたといわんばかりの助手。
「じゃ、とりあえずデータを……と」セデイター用の携帯ディバイスを取り出して、助手に見せる。「自分の持ってるよね? これ」
「ええ、まぁ……いちおう……」
セデイター資格はあるので、持ってはいる。ただ、それが結果に結びついたことがないので、歯切れが悪い。そのあたりの助手のコンプレックスは、まだリンディのあずかり知らぬところ。
「なら、そっちにもデータ入れておいて」
セデイターは自分でデータのロードを始めようとする。助手に任せようという感覚はない。ティアは助手らしくリンディのディバイスを受け取ろうとするような素振りを見せたものの、本人が自分で操作に掛かったので、邪魔にならないように脇に避けるのみにした――専門家の持ち物に勝手に手を出さない良識は持ち合わせている。セデイターの後に助手が操作を終え、両者の準備完了。
「終わりました」データをセーブしたクリスタルを端末から外し、ティアは自らのディバイスにはめ込む。「……まずは、ギルドですか?」
「そうだねぇ……でも、その前に……おね……ふたりに報告してくる」護衛について相談する必要があるのは、「付き人」のトゥーラも含めて三人だが、もちろん、そこは明らかにしない。そして、リンディは立ち上がる。「準備して、部屋で待ってて」
「はい」
ティアの返事を受け、端末を後にしたセデイターは、取り急ぎ、結界作業の現場へと向かう。




