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魔法世界のセデイター 3.本業再開、姉と助手と  作者: 七瀬 ノイド
第四章 助手
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4-4 顔合わせ

 旅館で出された昼食は、ユリーシャに対して饗されたこともあって、高級食材を使ったものだったが、だからといって、必ずしもイコール「美味」となるわけでもなく、可でも不可でもない、出したほうの自己満足に重点を置いたものだった――料理上手の姉妹を前にしては、馬脚を隠すべくもない。そこへ加わるのは、異世界人。ここではどの食材が高級かなど、いまだ明白な知識とはなっておらず、判断基準は純粋に味である。その彼女にとっても、取り立てておいしく感じられるものではなかった。

 なお、付き人兼護衛のアシュトゥラは、職務上の分をわきまえており、同じテーブルを囲むことはない。以前、彼女にユリーシャが同席を勧めてみたものの、固辞されたため、それ以来、そのプロ意識を尊重することにした。それでも、その後にユリーシャが、こういったある種「高級」な料理を食したくはないかと尋ねたところ、好みではないと返された――名より実を取るタイプなのだろう。王族の一員のような立場にいると、その逆の性質の者たちに接することが多いことから、ユリーシャには心強い味方に感じられ、エスコート役には、通常、彼女を指名している。


 食事を終えてセデイターズ・オフィスに戻った一行は、まずはリンディの助手、ティアの滞在する部屋へ直行する。さきほどは薬が効いたとはいえ、体調のことが気がかりだ。はたして、ナユカとユリーシャに紹介できる状態だろうか……。若干の心配を抱えつつ、部屋の前へ先んじたセデイターが呼び鈴を押すと、初回と同じような返事が聞こえてくる。

「はーい」

 声から察するに、体調並びに精神状態に問題はなさそうだ……と思いきや、再び、閉じたドアの向こうから「あっ」という声。やはり、のぞき穴からこちらを見たのだろう。前回同様、すぐにパタパタと足音がし、またも「ガン」という音。それには、同じく「痛っ」という声が伴っていた。数秒置いて、大声――言うまでもなく、外からでは大声には聞こえないが、外に聞こえるくらいだから、大声であろう声が届く。

「少々、お待ちくださぁーい」

 そのまま、今度も少しだけ待ち、ほどなく扉が開いた。まず、リンディが先に口を開く。

「大丈夫?」

「え? あ、大丈夫ですよ。気分爽快です」

 微笑んで、元気のポーズを取るティア。しかし、リンディが聞いたのはそっちのことではない。

「……ぶつけたところ、だけど?」

 音を聞けば明白。でも、助手は誤魔化そうとする。

「ぶつけてなんて……」

「あらあら。今、ヒーリングをかけてあげますね」

 脇から、患部の位置も瞬時に見て取ったユリーシャ。さすが上級医師資格者――といっても、ティアが誤魔化そうとしたときに、わざわざぶつけたところを動かそうとしたおかげで、わかりやすかったのだが。

「すみません……」

 ばつが悪そうな助手……が、入り口に立ちはだかっているため、セデイターたちは中へ入れない。

「ま、とにかく……中に入れて」

「あ、すみません」あわてたティアが脇へ避けようとしたところ、スリップ。「あ」

 倒れる者は、差し伸べられた手をつかむもの。しかし、たいていそれは、より大きな惨事へと帰結する。そして、その手の主とともに床へ沈没する。

「いてて……」

 救いの手を出したリンディを巻き添えにして倒れゆくところへ、反射的に助けにかかったナユカの手は、幸いにして届かず、彼女は難を逃れた。

「……大丈夫ですか?」

「……まぁ……なんとか」

 巻き添えを食ったほうは大丈夫そう。でも、元凶のほうは……。

「う、う、う……うう……」

 うめくものに対して、ヒーラーなら、まずはこう聞く。

「痛むの? 怪我は?」

 それに対する答えは、答えにならない。

「うう……ごめんなさぁいぃ……」

 ゆえに、医者は自分で診るしかない。

「ちょっと、診せてね」

「ごめんなさぁい……う、う……」

 診察される側は、むせび泣くだけ。とうやら、痛みでうめいてるのではないらしい……。リンディが傍らに這ってくる。

「わかったからさぁ……怪我あるか、おねえ……」言いかけてやめる。「診せてよ」

「はい……ごめんなさい……」


 少しだけ落ち着いたティアをユリーシャが診たところ、ひどい怪我はなく、軽い打ち身程度。隣にいるリンディも同様なので、まとめて軽いヒーリングをかけておく。

「はい、これで大丈夫」

 ちなみに、必要以上の回復魔法をかけると、魔法耐性が上がってその系統の魔法が効きにくくなってしまうので、診察してから適正な水準の魔法をかけるのが定石だ。

「ありがとうございます……」ユリーシャに礼を述べてから、ようやく落ち着いたティアは、リンディのほうを向いて頭を下げる。「本当に、申し訳ありません。わたしって、ほんとドジで……」

「それは、もう十分わかったから」

 謝罪の気持ちも、ドジだということも。

「はい……」

「ま、なにも……」セデイターは、自分とティアの体をさっと一瞥。厳密には負傷はあったものの、姉の治癒魔法ですでに治った。「なかったってことで、この件は……」

 言い終える前に、頭を上げることができない助手がぼそっとつぶやく。

「そうですか……そうですよね……」

 より深く沈んだように見える助手。セデイターは続ける。

「忘れて、さ」

「仕方ないです……愛想、尽かされても……」

「あ、いや……」

 それに近くても、リンディの中で、そこまでには至っていない。とはいえ、はっきりと否定もできない。

「クビは、わたしの責任ですから……」

 クビ? ……にはしていない。こちらははっきり否定できる。ティアがどうということではなく、もとより単独行動したい気持ちはともかく……。

「……そんなこと言ってないけど?」

「でも、今……」助手はゆっくり顔を上げる。「この件はなかったことにして、忘れてって……」

「なかったのは、怪我ね。忘れるのは、今の『事故』でしょ?」

 誤解を理解したユリーシャから視線を向けられ、リンディはうなずく。

「うん、そう」

「……え?」

 この助手、早とちりでもある。……さらに、面倒だ。パニックっていたせいかもしれないけど……。

「だから、クビにはしてない」

 事実としてはそう。とはいえ、リンディの心情としては、「まだ」と付け加えたいところ。

「本当ですか? クビじゃないんですか?」

 助手の声に張りが戻った。開かれた瞳が見つめるのは、セデイター。

「あ? うん、まぁ……ね」

 ティアは、胸を撫で下ろす。

「よかった……」

 ……こんな反応を見せられては、もう助手にしないとは言えない……本当はひとりで行動したいけど……。それに、この助手、面倒だし……役に立つかどうか……。逡巡しているリンディを超えて、ナユカが声をかける。

「よかったね、助手さん。えーと、ティアさん……ですよね?」

「はい……」焦点をセデイターの向こうへ合わせる。「あなたは……?」

 ここで、ユリーシャが仕切る。

「そういえば、自己紹介がまだでしたよね。それでは……」

 そして、ユリーシャ、ナユカ、ティアの間で、ついに自己紹介が始まった……。こうなってはもう、ティアを助手として認めるしかリンディに道はない。

 魔法省とのしがらみがあるとはいえ、金銭面を諦めればいちおう拒否権はあったはずだが、この状況では、もうなさそうだ。こうなったら、あとは役に立ってくれることを祈るのみ。……面倒くさい、早とちりのドジっ、たまに意味不明、という属性を越えてくれるほどの働きを……期待……したいけど……それができるようなら、まだセデイト経験なし、なんてことはないだろうな……。まぁ、いちおう有資格者らしいし……最低限、邪魔してくれなきゃいいか……こっちのいうことは聞いてくれそうだし……出しゃばりではなさそうだし……なにもしないなら、そのほうがいいや……ただ、そこにいてくれれば……まぁ、いなくてもいいんだけど……。期待値をひたすら下げることによって、ようやくリンディは、この助手と行動を共にすることを心情的に受け入れた。


「あ。あたしにも『さま』はやめてね」

 自己紹介の途中、ティアはユリーシャとナユカにも敬称として「さま」を付けていた。自らを王族であるとはユリーシャは口にしていないが、もしかしたら、知っているのかもしれない。とはいえ、ナユカにさえ「さま付け」だったことから、ティアにとってはそれが習慣だとも考えられる。ともあれ、両者がその敬称を固辞したのを耳にして、リンディもそれに同乗した。しかし、ティアは粘る。

「だめでしょうか……」

「だめ。どうしてもっていうなら、この件はなかったことに」

 このくらいのわがままはいいだろう。「さま」で、ずっと呼ばれ続けられるなんて、ごめんだ。

「あ、それなら……どうしても、『さま』を付けてお呼びします」

「……え?」助手の意外な返答に、戸惑うセデイター。「辞めるの?」

「いえ、辞めません。絶対に」

「いや、だから……」意味がわからない。「この件はなかったことにする、って言ったでしょ?」

「ええ。ですから……わたしは、どうしても『さま』って呼びたいので……その件はなかったことになるんですよね?」

 なんだ、理解してる……んじゃないの? 

「てことは、助手にならないってことでしょ?」

「いえ、なります。絶対に」

「……」

 リンディは沈黙。なんだか、すごく身勝手なことを言われているような気がする……。その表情を見て、不興を買っていることを悟ったティアが、確認を始める。

「『なかったこと』というのは、『呼んではだめ』というのがなかったことになる、ということでしょうか?」

 なんだか、ややこしいことを……。ここは、シンプルに答える。

「……いや、この件が、なかったことになるんだけど」

 これが、リンディにとってはふつうの解釈だ。「この件」は、ティアが助手になる話。ところが……。

「『この件がなかったことに』というのは、『だめ』ということがなかったことになるという、そういう話ですか?」

 なに、それ。そういう話……って、この件のこと? リンディを混乱させるティアの認識によれば、最初の発言の意味は、「『さま』と呼んでは『だめ』という件は、『どうしても』そう呼びたければ『なかったこと』になる」というもの。そう解釈できないこともないが……本人以外には、こんな曲解はしないだろう。願望がそれを引き出したということか。

「『だめ』ということは、なかったことにならないけど? それだと……」ティアの言い分を、いちおうは考えてみるリンディ。「『だめ』ということがなかったことになる件が、なかったことに……ならない?」

 もう、なんだかよくわからない。

「はい。『だめ』ということがなかったことになる件は、なかったことにならないということですね」

 どっからそういうことになる? あ、自分がそう言った? でも、そこは疑問形で……。

「いや、『だめ』ということがなかったことになる件はそもそもなかったわけだから、なかったことにならないことはないよね」

「でも、最初になかったことになるとおっしゃいましたから、『だめ』ということがなかったことになる件は、なかったことにならないのではないでしょうか……?」

「だから、その最初のなかったことになるというのは……」深くため息をついたリンディは、もう一度大きく息を吸う。「『さま』付けで呼んだら、クビ!」

「……わ、わかりました……リンディさ……!」

 顔をしかめて口を押さえた助手に、リンディは驚く。

「どうしたの?」

 下を向いたティアの顔を横から見つめるナユカには、なにが起きたか一目瞭然。

「これは……噛みましたね」

「そうねぇ」ユリーシャは、手で押さえたティアの口元に視線を向ける。「痛む?」

 話すため、ドジっ娘は口から手を少しだけ離す。

「らいじょうぶれす……」

「ちょっと診せて。ひどければ、回復かけるから」怪我人は遠慮がちに首を振ったものの、医者は引き下がらない。「ちょっとだけだから」

 しかたなくゆっくりと手を離した患者。

「だいりょうぶれす」

「はい、口開いて」その声に、おずおずと口を開く助手。ユリーシャの見たところ、さしたる傷はない。「魔法は、ちょっとだけね」

 この、治癒魔法をほんの少しだけ使うというのは、実はかなり難しく、高等技術だ。返す返すも、回復魔法への耐性を上げないよう、必要以上の魔法は使わないための処置である。このような技を使えることは、ユリーシャの医師としての優秀さを示している。

「ありがとうごらいまふ」

 まだ歯切れに問題があるものの、しばらくすれば治るだろう。ただ、リンディは不機嫌になっている。

「なにやってんのさ、もう」

「ごめんなさひ……」

「おねーちゃんの手を煩わせて」そこが、ご機嫌が傾いた理由。「なんで舌なんか噛むわけ?」

「……わたしも噛みそうになりますよ、たまに」

 そのナユカの場合、セレンディー語ではそんなこともある。英語の「th」で舌を噛みそうになる的な……まず、噛むことはないが。

「ユーカは、まぁ……」秘密がらみで、どう説明すべきか迷ったリンディは、一拍停止。「しょうがないじゃない」

「『さま』って言いそうになって……」

 おずおずと口にしたティアの心情を、ユリーシャが慮る。

「『クビ』って言われちゃったものね」

「はい……」

 はかなげにうなだれる助手。リンディはため息。

「あのねぇ……あたし鬼じゃないんだよ。一発でクビになんかしないよ」

 そこへ乗じるナユカ。

「そうですよ。リンディさんは優しいんですから」

「な、なにを……」

 焦る妹を尻目に、姉がティアをなだめるように話す。

「だから、そんなに気を遣わなくていいの。気楽に……ね?」

 セデイターも、それには同意。

「……まぁ……あたしもそうしてくれるほうが助かる。……そもそも、力が入りすぎ」

「怒っても、いじけるだけですから、怖がることないです」

 このナユカによる補足は、助手を安心させるためであっても、リンディには挑戦的なもの。

「……言うじゃない」

「……って、サンドラさんが言ってました」

 苦し紛れの言い逃れではあるが、ナユカがそういうアドバイスを聞いたのも事実。確か、リンディ本人もそれを認めたことがあるような気も……。一方、言われたほうは、自分の意見じゃないのかという疑いの目を発言者に向ける。

「ふーん……サンディが、ね」

「……サンディは、よくわかってるから」

 姉に同意されては、妹は立つ瀬がない。

「……ふん、だ」

「あら」

「やっぱり」

 ユリーシャとナユカのふたりが反応する中、リンディはそっぽを向いたまま。そこで、姉は助手に向き直る。

「まぁ、そんなわけだから……リンディをよろしくね、ティアさん」




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