5-2 始動
今さっき顔を見せてから、さして間を置かずに再登場したリンディより、「相談がある」と聞かされたユリーシャとナユカは、落ち着いて話をするべく、共に結界作業の現場を離れてオフィス内へ入る。この場では結界破壊士のほうのボディガード名目となっている、ユリーシャの「付き人」アシュトゥラも一緒だ。適当な空いているテーブルを囲み、相談者が切り出す。
「実は、セデイト対象者がこの近くにいるみたい」
「あら」
「え? そうなんだ。大変じゃないですか」
あっさりと返事したユリーシャに比べ、ナユカの反応は大きい。彼女の場合、それを目の当たりにした二回とも戦闘になっているからだ。それも、そのうち一回はかなり激しい。
「ま、そうなんだけど……」姉がいるこの街なのだから一大事と思い、気合が入ったセデイターも、他者のオーバーリアクションを見て、少し冷静になった。「Dランクだから」
「……それだと、どうなんですか?」
異世界人が尋ねたのはリンディが心配だからだが、しばらく本業から遠ざかっていた当人には、詰問のように聞こえる……。
「……そんなに危険じゃないかなぁ、と」
でも、迷惑行為はやるかな……。場合によってはそれ以上……。
「『そんなに』って?」
「ああ、つまり……」この近辺だから、ユーカも気がかりなんだろうけど……どう答えよう。「えーと……ほら……」
「でも、戦闘になるんでしょう?」
「戦闘……?」もしかして……こっちのことを心配してる?「どうかなぁ……そこまでいかないこともあるし……」
近づいて不意打ち気味に片付くことはよくある。低ランクで話が通じる場合に、説得によってセデイトしたこともあった。その代わり、セデイト対象者の情緒不安定さから、意味なく大泣きされたけど……。
「でも、なるんだ」
ずいぶん、食い下がってくるな……。フィリスから心配されすぎて、あの心配性がうつった?
「まぁ……なっても、たいていは簡単に終わる」
「そこは、セデイターの手腕よね、リンリン」
姉が助け船を出してくれたようなので、ここは乗っておく妹。
「そうそう、そういうこと」
「大丈夫よ、ユーカさん。有能なセデイターは慎重に行動するから」
「そう……」ユリーシャと視線を合わせたナユカが、リンディへ視線を戻す。「ですよね」
「う……うん」
これで、妹はきっちり釘を刺された。
「それに、今回は助手さんもいるし」
姉は二階へと目をやる。
「助手ね……」ティアが役に立つと思っている? 使うほうとしては、はななだ疑問だ。「まぁ、ね……」
「あ、そうそう……護衛のほうは心配しないで。ここは安全だし、彼女もいるから」
本来の護衛対象から視線を送られたトゥーラは、黙って軽く会釈する。
「でも、夜、帰って来られるか……」
無関係な人々への被害を避けるため、セデイトは夜間、街の外というのが多い。よって、夜の護衛はトゥーラひとりになる。彼女の能力に疑いはないものの、単独では対応できないこともありうる……。護衛対象がユリーシャゆえに、危惧の拭えないリンディ。そこへ、姉からある事実がもたらされる。
「それなら、大丈夫。実は、御者さんも護衛なの」
「え? そうなの?」
知らされていなかった……。ということは、もとより、リンディの護衛はさほど必要ではなかったのかもしれない……。優秀な御付きもいるわけだし。
「だから、こっちは気にしないで、そっちに集中してね」
「……わかった」護衛には自分が不可欠だと認識していた対象からそう言われては、少々複雑な気分になるが、その口実の下に一緒にいられたのだから、ネガティブになることもない。「こっちは任せて」
姉への脅威を真っ先に排除するのも、立派な護衛だ。
「いってらっしゃい。ティアさんが待ってますよ」
「気をつけて、リンディさん」
送り出すユリーシャとナユカに、セデイターが応じる。
「いってきます。……あ、夜は夕食が出る時間までに終われば帰って来るけど、そこはわからないから、先に済ませておいて」
つけた注釈が食事がらみのところが食道楽らしい。こうして、リンディは久々の本業へと出掛けていった。
「行っちゃいましたね……」
去っていったセデイターの方向を、ナユカは見つめている。すでにその姿は見えない。
「どうにか、やる気になったみたい」
ユリーシャは、リンディがセデイトに出たがらなかったのをサンドラから知らされており、ナユカからもどんな状態かを聞き出していた。PTSDのようなものに対する認識はこちらにもあり、医師の資格を持つユリーシャは、フィリス同様、リンディが軽めのそれに当たると考えている。
「無茶しないといいけど……」
一方、その原因となった現場に居合わせた異世界人には、心理的側面よりも、むしろ同じような危険な事態に陥らないかが心配だ。
「ティアさんがいるから、大丈夫ですよ」
なぜかユリーシャは楽観的だ……。しかし、ナユカにはそうは思えない。
「でも、あの助手さん……あんな調子だし……なんか、あんまり……」
「役に立ちそうにない?」
「はい」言いよどんでいたことを代わりに口にされ、反射的にきっぱり肯定してしまった……。「あ……わたしはよくわからないんですけど」
まだ二回しか立ち会っていないので、セデイトのことはまだそんなに理解しているわけではない……。だから、ティアはあれでも役に立つかもしれない……あれでも。そんな異世界人に、ユリーシャは……。
「いいの、それで」
「はい?」
「役に立たなくても、いいの」
微笑むユリーシャ。
「……え?」
どういうことだろう?
「ティアさんのことが気になって、無理なことはしないでしょうから」
「ああ、そういう……なるほど……」
役に立たない効用、というのもあったものだ。
「たぶん、もう懲りたと思いますよ」
ユリーシャが示唆しているのは、リンディ本人が怪我することと、同行者を危険にさらすことに、だ。配慮して口には出さないものの、そのときの同行者は、もちろんナユカ。これら二つの要素は一つのセットとして認識され、後者を避けることにより、前者も避けられるという意識をリンディが持つだろうと、ユリーシャは想定している。誰もがそういう心理的な反応をするとは限らないが、緊密な関係にある姉なら、当たっている確率はかなり高いといえるだろう。




