第8話 安全と自由
レオンの家へ招き入れられた翌日。
悠斗は再び村外れへ向かっていた。
「また行くのか」
出発前、エドに聞かれた。
「行きます」
「好きじゃのう」
「そうですか?」
「普通なら追い返された時点で諦めるわい」
悠斗は苦笑した。
確かにそうかもしれない。
だが、どうしても気になってしまうのだ。
レオンのことが。
家のことが。
そして、あのどこか諦めたような表情が。
⸻
レオンの家へ着くと、扉は半分だけ開いていた。
中から声がする。
「勝手に入れ」
悠斗は小さく笑った。
昨日よりは歓迎されている気がする。
「お邪魔します」
家へ入る。
改めて見ても生活しづらそうだった。
椅子は低い。
通路は狭い。
玄関には段差がある。
左脚を失った人が暮らすには不便な場所が多い。
「何を見ている」
レオンが椅子に座りながら聞いてきた。
「生活しづらくないかなと思って」
「余計なお世話だ」
即答だった。
悠斗は思わず笑ってしまう。
「失礼ですね」
「事実だろ」
レオンは肩をすくめた。
「それより座れ」
悠斗も近くの椅子へ腰掛けた。
少し低い。
立ち上がる時に苦労しそうだと思った。
「その椅子」
「ん?」
「もう少し高くした方が楽だと思いますよ」
レオンは嫌そうな顔をした。
「始まったな」
「何がですか」
「改善案だ」
図星だった。
悠斗は苦笑する。
「だって使いにくそうですし」
「今まで使ってきた」
「でも楽になりますよ」
「困ってない」
平行線だった。
⸻
しばらくして悠斗は口を開く。
「転んだことはないんですか?」
「ある」
意外なほどあっさり答えた。
「何回もな」
悠斗は少し驚いた。
「怪我は?」
「擦り傷くらいだ」
「それならまだ良かったです」
レオンは鼻で笑った。
「まだ?」
「怪我をする可能性はありますから」
「それは誰だって同じだろ」
その言葉に悠斗は黙る。
確かにそうだ。
脚が2本あっても転ぶ時は転ぶ。
だが。
「それでも可能性は減らせます」
悠斗は静かに言った。
「この世に絶対なんてありません」
「だから少しでも危険を減らしたいんです」
レオンはしばらく黙っていた。
そして小さくため息を吐く。
「お前は真面目だな」
「よく言われます」
「褒めてない」
「知ってます」
⸻
しばらく沈黙が続いた。
やがてレオンが口を開く。
「なあ」
「はい」
「危ないからやめろって言われ続けたことはあるか?」
悠斗は首を横に振った。
「ないですね」
「俺はある」
レオンは窓の外を見た。
「脚を失ってからずっとだ」
その声はどこか遠くを見ているようだった。
「無理するな」
「危ないぞ」
「家で休め」
「お前はもう十分頑張った」
レオンは苦笑した。
「みんな善意だった」
「悪気なんてなかった」
悠斗は黙って聞いていた。
「でもな」
レオンは続ける。
「心配されるたびに、自分が役立たずになった気がした」
その言葉は重かった。
部屋が静かになる。
「だから俺は嫌なんだ」
レオンは拳を握る。
「危ないからやめろって言葉が」
悠斗はゆっくり考えた。
何を言うべきか。
何を言わないべきか。
しばらく悩んでから口を開く。
「俺は」
レオンが顔を上げる。
「怪我をしてほしくないんです」
「……」
「後悔してほしくない」
悠斗は真っ直ぐレオンを見る。
「だから危険を減らしたい」
「それだけです」
レオンは何も言わなかった。
ただ悠斗を見ていた。
⸻
やがてレオンが笑う。
「面倒なやつだな」
「よく言われます」
「それも褒めてない」
「知ってます」
今度は2人とも少しだけ笑った。
⸻
帰る時間になった。
悠斗は立ち上がる。
「また来ます」
「勝手にしろ」
いつもの返事だった。
だが昨日ほど冷たくはない。
悠斗は扉へ向かう。
すると背中へ声が飛んだ。
「おい」
「何ですか?」
「今度来るなら改善案はいらん」
悠斗は苦笑した。
「じゃあ何を持って来ればいいんです?」
レオンは少し考えた。
そして答える。
「酒」
「昼間からですか?」
「帰れ」
レオンの声と同時に扉が閉まった。
悠斗は思わず吹き出した。
初めて見た。
レオンの少しだけ楽しそうな顔を。
まだ分かり合えたわけじゃない。
考え方だって違う。
それでも。
ほんの少しだけ距離は縮まった気がしていた。




