第7話 元冒険者
村長と話をした翌日。
悠斗はエドの家の庭で木材を削っていた。
最近は村人から相談を受けることが増えている。
手すり。
杖。
椅子の高さの調整。
ほんの少しの工夫だが、村の人々の暮らしは確かに変わり始めていた。
「忙しくなってきたのう」
エドが笑う。
「そんなつもりはないんですけどね」
悠斗も苦笑した。
その時だった。
村長が家へやって来た。
「悠斗、少し時間はあるか?」
「ありますよ」
村長はどこか言いづらそうな表情をしていた。
「実はもう1人、気になっている人物がいるんだ」
「トーマスさんみたいな人ですか?」
「いや」
村長は首を横に振る。
「若い」
「若い?」
「30代半ばだ」
悠斗は少し驚いた。
高齢者の相談だと思っていたからだ。
「名前はレオン」
「元冒険者だ」
⸻
村の外れ。
森へ続く道の近くに小さな家が建っていた。
家の周囲には草が伸びている。
人が住んでいることは分かる。
だが、どこか閉ざされた雰囲気があった。
「ここだ」
村長が扉を指差す。
そしてノックした。
「レオン」
返事はない。
もう一度叩く。
しばらくして扉が開いた。
現れたのは黒髪の男だった。
年齢は30代半ば。
身体つきはしっかりしている。
だが表情は険しかった。
「何だ」
「少し話を──」
「帰れ」
即答だった。
村長は苦笑する。
「相変わらずだな」
「帰れと言った」
その時。
悠斗の視線が自然と下へ向く。
男の左脚は膝から下が失われていた。
代わりに木製の支えが取り付けられている。
歩けないわけではない。
しかし不便そうだった。
「失礼しました」
悠斗は頭を下げる。
「少し気になって」
「余計なお世話だ」
レオンは吐き捨てるように言った。
「俺は困ってない」
そして扉を閉めた。
それで終わりだった。
⸻
帰り道。
エドが腕を組む。
「見事に追い返されたのう」
「ですね」
悠斗は苦笑した。
村長も肩を竦める。
「昔は優秀な冒険者だった」
「魔物討伐の時に脚を失ったらしい」
「それからほとんど人と関わらなくなった」
悠斗は黙って聞いていた。
失ったのは脚だけではないのだろう。
仕事。
仲間。
生きがい。
そういうものも含まれている気がした。
⸻
その日の夕方。
悠斗は1人で考えていた。
レオンの家。
玄関の段差。
狭い室内。
不安定な木製の支え。
生活しづらそうな部分はたくさん見えた。
(あれじゃ大変やろな……)
そう思う。
だが同時に別の考えも浮かぶ。
本人は助けを求めていない。
本当に必要なのだろうか。
そんな時だった。
「何を悩んどる」
エドが隣に座る。
「レオンさんのことです」
「ほう」
「家を見た感じ、不便なところはたくさんありました」
「じゃろうな」
「でも本人は困ってないと言うんです」
エドはしばらく黙っていた。
やがて静かに言う。
「本当に困ってないと思うか?」
悠斗は答えられなかった。
レオンの表情を思い出す。
鋭い目。
閉ざした態度。
そして誰も寄せ付けない空気。
「思いません」
エドは小さく笑った。
「なら答えは出とる」
⸻
翌日。
悠斗は再びレオンの家へ向かった。
扉を叩く。
しばらくして扉が開いた。
レオンだった。
「また来たのか」
「来ました」
「暇なのか?」
「割と」
レオンの眉がぴくりと動く。
「帰れ」
「嫌です」
即答だった。
レオンは呆れたように額を押さえる。
「お前な……」
「何ですか?」
「面倒くさいな」
悠斗は笑う。
するとレオンもほんの少しだけ口元を緩めた。
本当に一瞬だった。
だが昨日とは違う。
「帰らないんですか?」
悠斗が聞く。
「帰らんのだろう?」
「はい」
「なら勝手にしろ」
ぶっきらぼうな返事だった。
それでも昨日よりはずっと前進している。
レオンは扉を大きく開けた。
「入るなら入れ」
悠斗は少し驚く。
「いいんですか?」
「何度も来られる方が面倒だ」
レオンはそう言って家の奥へ戻っていった。
悠斗は小さく笑う。
そして家の中へ足を踏み入れた。
まだ何も始まっていない。
だが。
何かが変わり始めた気がしていた。




