第6話 1人で暮らせると、安心して暮らせるは違う
翌日の昼過ぎ。
悠斗はエドと共に村長の家を訪れていた。
昨日の夕方、村長から「相談したいことがある」と声を掛けられたからだ。
「来てくれてありがとう」
村長は穏やかな笑みを浮かべた。
年齢は50代半ばほど。
白髪はまだ少なく、村の中では比較的若い世代に入る。
「それで、相談というのは?」
悠斗が尋ねると、村長は少しだけ表情を曇らせた。
「1人で暮らしている老人がいてな」
「独り暮らしですか」
「そうだ」
村長は頷いた。
「元々は夫婦で住んでいたんだが、数年前に奥さんが亡くなってしまってな」
「子どもたちは街へ出ている」
「今は1人暮らしだ」
悠斗は静かに話を聞く。
「何か困っているんですか?」
「本人は困っていないと言う」
村長は苦笑した。
「だが、私たちは心配している」
その言葉に悠斗は少し納得した。
介護の現場でもよくある話だ。
本人は大丈夫と言う。
しかし周囲から見ると危なっかしい。
そんなことは決して珍しくない。
「会ってみますか?」
「頼めるか」
村長はそう言って立ち上がった。
⸻
案内された家は村の外れにあった。
小さな畑。
綺麗に掃除された庭。
手入れの行き届いた家。
荒れた様子はどこにもない。
「本当に困っているんですか?」
思わず悠斗が尋ねる。
村長は苦笑した。
「会えば分かる」
玄関の扉が開く。
出てきたのは白髪の老人だった。
「また来たのか」
不機嫌そうな顔だった。
「トーマスさん」
「何だ」
「少し話を聞いてもらいたい」
「必要ない」
即答だった。
だが追い返そうとはしない。
村長も慣れているらしい。
「初めまして」
悠斗が頭を下げる。
「旅人の佐伯悠斗です」
「旅人?」
トーマスは怪訝そうな顔をした。
「何しに来た」
「少し様子を見させてもらえたらと思いまして」
「わしは元気だ」
「誰の世話にもならん」
その言葉に悠斗は苦笑する。
どこかで聞いたような台詞だった。
⸻
家の中は綺麗だった。
掃除もされている。
食料もある。
洗濯物もきちんと畳まれている。
確かに生活はできている。
しかし悠斗は違和感を覚えた。
台所の棚が高い。
重そうな水瓶が置かれている。
寝室から便所までの距離も長い。
そして夜用の灯りが見当たらなかった。
「夜はどうしているんですか?」
「夜?」
「便所へ行く時です」
トーマスは首を傾げた。
「歩いて行く」
当然だろうと言いたげな顔だった。
「灯りは?」
「つけん」
悠斗は少し眉をひそめた。
「危なくないですか?」
「慣れている」
その言葉を聞いて、悠斗は小さく息を吐いた。
慣れている。
現場で何度も聞いた言葉だ。
そして、その後に事故が起きることも少なくなかった。
「転んだことはありませんか?」
トーマスはすぐには答えなかった。
しばらくしてから視線を逸らす。
「……去年に1回だけだ」
「尻もちをついた程度だがな」
悠斗の表情が少しだけ引き締まる。
夜中。
便所。
転倒。
過去の記憶が蘇る。
骨折。
入院。
それまで元気だった人が、一気に生活を変えられてしまったこともあった。
(それが怖いんや)
だが口には出さない。
脅しても意味はない。
「大事にならなくて良かったですね」
「そうだな」
トーマスも否定はしなかった。
⸻
その後も話を聞いた。
畑仕事は続けている。
食事も作れる。
歩くこともできる。
確かに生活はできている。
しかし気になることがあった。
「寂しくありませんか?」
その質問にトーマスは笑った。
「寂しい?」
そして居間の奥を指差す。
そこには小さな仏壇があった。
「毎日話している」
悠斗は言葉を失う。
「婆さんにな」
村長も黙ったままだった。
静かな時間が流れる。
「誰もおらんわけじゃない」
トーマスは笑う。
「返事はないがな」
その笑顔はどこか寂しそうだった。
⸻
帰り道。
夕日が村を赤く染めていた。
「どうだった?」
村長が尋ねる。
悠斗は少し考えた。
「生活はできています」
「そうか」
「でも安心して生活できているとは思えません」
村長は黙って聞いている。
「転倒する危険があります」
「話し相手も少ない」
「何かあった時に助けを呼ぶのも難しい」
エドが腕を組んだ。
「難しいのう」
「そうですね」
悠斗は頷く。
そして空を見上げた。
元の世界で見てきた景色が頭をよぎる。
1人で暮らせる人。
だけど1人で抱え込んでしまう人。
「1人で暮らせることと」
悠斗はゆっくりと言った。
「安心して暮らせることは違うと思うんです」
村長が目を細める。
「なるほど」
「困った時に頼れる場所が必要です」
「場所?」
「はい」
悠斗は頷いた。
まだ形は見えない。
何をすればいいのかも分からない。
それでも。
「みんなが集まれて」
「困った時に助けを求められる場所です」
村長はしばらく考え込んだ。
やがて小さく笑う。
「面白いことを言うな」
悠斗も苦笑する。
自分でも簡単な話ではないと思う。
だが。
もしそんな場所があれば。
トーマスも。
エドも。
ハナも。
安心して歳を重ねられるかもしれない。
夕日が村を優しく照らしていた。
その時の悠斗はまだ知らない。
この何気ない会話が、未来の大きな変化へと繋がっていくことを。




