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第5話 もう1本の足

マルタの家を訪ねてから数日後。


エドの家にはちょっとした変化が起きていた。


手すりを見に来る者。


足置き台を見に来る者。


中にはただ興味本位で覗きに来る者までいる。


「お前さん、すっかり有名人じゃな」


朝食を食べながらエドが笑う。


「変な棒を作った男としてですか?」


「それもあるな」


ハナが吹き出した。


そんな穏やかな時間を過ごしていると、玄関から声が聞こえた。


「エドー! おるかー!」


「おるぞー!」


勢いよく入ってきたのは大柄な老人だった。


背筋は伸びている。


腕も太い。


年齢を感じさせない体格だ。


しかし歩き方には違和感があった。


右足を少しかばっている。


体重も左側へ偏っているように見える。


「ガレスか。どうした」


「噂を聞いて来た」


ガレスは悠斗を見る。


「お前さんが旅人か」


「佐伯悠斗です」


「わしはガレスじゃ」


握手を交わした後、ガレスは単刀直入に言った。


「手すりを作ったそうじゃな」


「はい」


「わしにも作ってくれ」


悠斗は頷きかけて首を傾げた。


「家の中ですか?」


「違う」


ガレスは胸を張った。


「森じゃ」


「森?」


「薬草採りも狩りも行くからな」


なるほど、と悠斗は納得した。


だが同時に別のことも気になっていた。


「足、痛みますか?」


ガレスは目を丸くした。


「分かるんか」


「少しだけ」


ガレスは観念したように笑う。


「昔な、猪に吹っ飛ばされての」


「それ以来じゃ」


悠斗は頷いた。


歩き方を見る限り、長年かばい続けているのだろう。


「それなら手すりじゃなくて杖ですね」


「杖?」


ガレスの表情が曇る。


「年寄りの使うやつか」


「違います」


悠斗は即座に否定した。


「杖は弱った人の道具じゃありません」


「歩き続けるための道具です」


ガレスは腕を組む。


納得していない顔だった。


悠斗は庭に置かれていた木材を持ち上げた。


「ガレスさん」


「なんじゃ」


「これを片手だけで持つのと、両手で持つのならどちらが楽ですか?」


「そりゃ両手じゃ」


「杖も同じです」


ガレスが首を傾げる。


「身体の重さを足だけで支えるから疲れるんです」


「杖に体重を預ければ、その分だけ膝や腰、股関節への負担が減ります」


「痛みも和らぎます」


ガレスは少し考え込んだ。


「そんなもんかのう」


「試してみませんか?」


その言葉にガレスは渋々頷いた。


木材を選んだのはエドだった。


元大工らしく、真っ直ぐで丈夫な木を持ってくる。


「これでどうじゃ」


「良さそうですね」


加工が始まった。


悠斗は高さを確認する。


ガレスを立たせ、普段履いている靴も履いてもらった。


「何で靴まで履くんじゃ」


「実際に歩く時と同じ状態にするためです」


「面倒じゃな」


「大事なんです」


悠斗は笑った。


杖の先を足元へ置く。


長さを見る。


肘の角度を見る。


「もう少し短い方が良いですね」


「こうか?」


エドが削る。


再び確認する。


「今度は少し短すぎます」


「難しいのう」


エドが唸った。


職人の顔になっている。


何度か調整を繰り返し、ようやく納得のいく長さになった。


「よし」


完成した杖をガレスへ渡す。


「それで歩いてみてください」


ガレスは杖を突きながら歩き始めた。


しかし悠斗がすぐ止める。


「違います」


「何がじゃ」


「順番です」


ガレスもエドも首を傾げる。


「杖」


悠斗は杖を軽く叩いた。


「それから痛い足」


次に右足を示す。


「最後に元気な足です」


ガレスは眉をひそめる。


「ややこしいのう」


「慣れです」


何度か練習を繰り返す。


最初はぎこちなかった。


だが徐々にリズムが整っていく。


杖。


右足。


左足。


杖。


右足。


左足。


「おお」


ガレスが目を見開いた。


「どうです?」


「楽じゃな」


再び歩く。


今度はさらに自然だった。


「足が前に出る」


「それが杖です」


悠斗は頷いた。


「もう1本の足なんです」


ガレスはしばらく杖を眺めていた。


そして不意に笑う。


「なるほどのう」


「ただの棒ではないらしい」


その日の夕方。


ガレスは杖を持って森へ向かった。


帰ってきたのは日が傾いた頃だった。


エドと悠斗が待っていると、ガレスが上機嫌な顔で歩いてくる。


「どうじゃった?」


エドが尋ねる。


ガレスは杖を軽く持ち上げた。


「楽じゃった」


「ほう」


「帰り道も疲れん」


ガレスは少し照れ臭そうに続けた。


「膝もいつもほど痛まんかった」


悠斗は胸を撫で下ろした。


(ちゃんと合ったみたいやな)


その時だった。


近くで遊んでいた子どもたちが駆け寄ってくる。


「ガレスじいちゃん!」


「その棒かっこいい!」


ガレスは一瞬だけ固まった。


そして次の瞬間、得意げに胸を張る。


「そうじゃろう!」


さっきまで杖を嫌がっていたとは思えない。


悠斗は思わず吹き出した。


エドも笑っている。


村に夕暮れの風が吹く。


その穏やかな時間の中、一人の男性がゆっくりと近付いてきた。


年齢は50代ほど。


落ち着いた雰囲気を持つ人物だった。


「噂は聞いているよ」


男は悠斗へ視線を向ける。


「私はこの村の村長だ」


悠斗は思わず姿勢を正した。


村長は穏やかに微笑む。


「少し相談したいことがあってね」


その言葉に、悠斗は首を傾げた。


村長の相談。


それが、この村での新たな一歩になるとは、まだ知らなかった。

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