第4話 村人の依頼
翌朝。
エドは朝食を終えると、いつものように立ち上がった。
そして何の迷いもなく手すりへ手を伸ばす。
「どうじゃ?」
得意そうに振り返るエドに、ハナが笑った。
「昨日より安心して見ていられるよ」
「そうかそうか」
エドは上機嫌だった。
悠斗もその様子を見て小さく笑う。
たった1本の木の棒。
それだけで生活は変わる。
介護の現場で何度も見てきたことだった。
「今日は村へ行くぞ」
「村ですか?」
「おう。食料の買い足しじゃ」
悠斗は少し興味を持った。
この世界へ来てから、まだ村の中を見たことがなかったからだ。
「ぜひ行かせてください」
「なら決まりじゃな」
3人は家を出た。
村は想像していたよりも活気があった。
畑仕事をする人。
荷車を引く人。
井戸端で話をする人。
子どもたちの笑い声も聞こえる。
決して大きくはない。
だが穏やかな空気が流れていた。
「あれがエドさんか」
「聞いたか? 家に変な棒を付けたらしいぞ」
「何じゃその変な棒というのは」
村人たちの会話にエドが眉をひそめる。
「変な棒じゃない。手すりじゃ」
「名前まで付いとるのか」
「そりゃ付いとるわい」
思わず笑いが起きた。
その時だった。
1人の女性が近付いてくる。
「エドさん」
「おお、マルタか」
60代くらいの女性だった。
マルタは悠斗へ視線を向ける。
「その人が噂の旅人さんかい?」
「噂になってるんですか?」
「なっとるぞ」
エドが笑う。
「変な棒を作った男としてな」
「それは不名誉ですね」
再び笑いが起きた。
だがマルタの表情はすぐに真剣なものへ変わった。
「お願いがあるんだ」
「お願い?」
「うちの主人を見てもらえないかい?」
悠斗は目を瞬かせた。
「俺は医者じゃありませんよ」
「それは分かってるさ」
マルタは少し困ったように笑う。
「でも、エドさんのことを見抜いたんだろう?」
悠斗は返答に困った。
するとエドが肩を叩く。
「行ってやれ」
「いや、そんな簡単に……」
「困っとる人がおるんじゃろ?」
その言葉に、悠斗は観念した。
「分かりました」
マルタの家は村の中央付近にあった。
中へ入ると、1人の老人が椅子に座っている。
「主人のゲイルだよ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
悠斗は挨拶を返した。
そして自然にゲイルの様子を見る。
立ち上がるまでに少し時間がかかる。
歩幅も狭い。
椅子は低い。
それに――。
足元へ視線が止まった。
足首が少し腫れている。
靴下の跡も深い。
「足が重かったりしませんか?」
ゲイルが驚いた顔をした。
「分かるんか?」
「何となくです」
悠斗は慎重に答えた。
前の職場で見たことがある。
だが、それだけだ。
原因までは分からない。
決めつけることもできない。
「夕方になると少しのう」
「そうですか」
悠斗は頷いた。
そして部屋を見回す。
問題は足だけではない。
椅子も低すぎる。
立ち上がるたびに膝へ負担が掛かっている。
「少し試してみてもいいですか?」
家の外にあった木材を借りる。
椅子の脚の下へ挟み込み、高さを調整した。
「これで座ってみてください」
ゲイルは首を傾げながら腰掛ける。
そして立ち上がった。
「おお」
思わず声が漏れる。
もう一度座る。
再び立つ。
先ほどより明らかに楽そうだった。
「どうです?」
「立ちやすいな」
「それだけで?」
マルタも驚いている。
悠斗は頷いた。
「少しの高さでも変わることがあります」
続いて木材を組み合わせ、小さな足置き台を作る。
決して立派なものではない。
だが足を乗せるには十分だった。
「休む時はここに足を乗せてみてください」
ゲイルは言われた通りに足を乗せる。
しばらくすると表情が少し緩んだ。
「なんじゃこれ」
「楽ですか?」
「ああ」
ゲイルは何度か足を動かした。
「いつもより軽い気がする」
マルタの顔が明るくなる。
「本当かい?」
「ああ」
その様子を見ながら、悠斗は胸を撫で下ろした。
魔法ではない。
特別な技術でもない。
それでも暮らしを少し良くすることはできる。
帰り道。
夕日が村を赤く染めていた。
「助かったよ」
マルタが何度も頭を下げる。
「大したことはしてません」
「そんなことないさ」
マルタは笑った。
「主人があんな顔をしたのは久しぶりだよ」
別れた後。
悠斗は少し照れくさそうに頭を掻く。
「俺、ただの介護職だったんですけどね」
エドは隣を歩きながら言った。
「だからじゃろ」
「え?」
「医者は病を見る」
エドは前を向いたまま続ける。
「お前さんは人を見とる」
悠斗は言葉を失った。
村の家々から夕食の匂いが漂ってくる。
笑い声も聞こえる。
その光景を見ながら、悠斗は静かに空を見上げた。
この世界には介護がない。
だけど。
自分にできることはあるのかもしれない。
そんな気がした。




