第43話 居場所が生まれる場所
翌朝。
リーベル村には、爽やかな風が吹いていた。
集会所では、いつものようにエドが木材を運び、子どもたちの笑い声が辺りに響いている。
悠斗が掃除を終えた頃、入口の前に一人の男性が立っていることに気付いた。
フェリクスだった。
昨日と同じ服を着ていたが、その表情はどこか緊張している。
建物へ入ろうとしては足を止め、また一歩踏み出しては引き返す。その姿は、初めてここを訪れた頃のロイドとよく似ていた。
「おはようございます。」
悠斗が声を掛けると、フェリクスは少し驚いたように顔を上げた。
「あ……おはよう。」
「来るだけで精一杯でした。」
苦笑いを浮かべるフェリクスに、悠斗は優しく微笑む。
「来てくださっただけで十分です。」
その言葉に、フェリクスの肩から少しだけ力が抜けた。
そこへロイドが大きな木材を肩に担いで現れる。
「お、ちゃんと来たな。」
「約束だから。」
「一回だけだ。」
「それでいい。」
ロイドは木材を下ろすと、集会所の横へ積まれている材料を指差した。
「今日は重い物は持たせない。」
「木材を長さごとに分けてくれ。」
「それだけで十分助かる。」
フェリクスは拍子抜けしたような顔をした。
「そんなことでいいのか?」
「そんなこと、じゃない。」
ロイドは真っ直ぐフェリクスを見る。
「必要な仕事だ。」
その言葉に、フェリクスは静かに頷いた。
作業は単純だった。
木材の長さを見比べ、同じ大きさごとに並べていく。
節の多い木は別にし、使えそうな物だけを分ける。
最初はぎこちなかった手つきも、時間が経つにつれて迷いがなくなっていった。
しばらくしてエドがやって来る。
積み上げられた木材を見渡し、大きく頷いた。
「これは助かる。」
「これだけ揃っていれば、探す手間がなくなる。」
フェリクスは思わず聞き返した。
「……助かる?」
「ああ。」
「仕事が早く進む。」
エドは当たり前のように言うと、そのまま作業へ戻っていった。
フェリクスは積み上げた木材を見つめた。
たったこれだけのこと。
それなのに、誰かの役に立っている。
その事実が、胸の奥へ静かに染み込んでいく。
昼前になると、子どもたちが集会所へ集まってきた。
「フェリクスおじさん!」
カイルが元気よく駆け寄る。
「この木、すごく分かりやすい!」
「エドさんが探しやすいって言ってたよ!」
「そうなのか?」
「うん!」
「だから遊具も早く作れるって!」
フェリクスは少し照れくさそうに笑った。
「それなら良かった。」
その笑顔を見て、ロイドも小さく笑みを浮かべる。
午後になると、マーサがお茶を配り始めた。
「少し休憩にしようか。」
皆がベンチへ腰掛ける。
ハナの前にも湯飲みが置かれた。
しかし、ハナは首を横に振る。
「今日は飲まなくても平気だよ。」
悠斗が優しく勧める。
「暑い日ですから、一口だけでも。」
「ううん、大丈夫。」
笑顔で断られてしまう。
その様子を見たマーサは、ハナの隣へ腰を下ろした。
「ハナさん。」
「私も一緒に飲むから、付き合ってくれないかい?」
ハナはマーサの顔を見る。
少し考えたあと、照れたように笑った。
「マーサがそう言うなら。」
そう言って湯飲みを手に取り、ゆっくりとお茶を飲んだ。
その様子を見ていたフェリクスが、不思議そうに呟く。
「さっきは断ったのに……。」
悠斗も思わず苦笑する。
「僕も最初は不思議でした。」
マーサは湯飲みを置きながら穏やかに話し始める。
「人はね。」
「何を言われるかだけじゃない。」
「誰に言われるかも大切なんだよ。」
「信頼は、一日でできるものじゃない。」
「だから私たちも、焦らず少しずつ積み重ねていくんだ。」
フェリクスは静かに頷いた。
その言葉は、どこか自分の心にも重なって聞こえた。
夕方。
今日の作業は無事に終わった。
エドは整理された木材を見て満足そうに頷く。
「今日は仕事がはかどった。」
「ありがとう。」
その一言に、フェリクスは照れくさそうに頭を掻いた。
「俺は木を並べただけだ。」
「それでも助かった。」
ロイドが笑って言う。
「誰かがやらなきゃいけない仕事だったからな。」
フェリクスは少し黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。
「……また来てもいいか?」
ロイドは間髪入れずに答える。
「もちろん。」
「ここは、来たい時に来ればいい。」
その言葉を聞いたフェリクスは、小さく笑った。
その笑顔は、初めてここへ来た時とはまるで違っていた。
少し離れた場所から、その様子を見守っていた村長が悠斗へ歩み寄る。
「少し話がある。」
集会所の外へ出ると、村長は村を見渡しながら静かに口を開いた。
「私は最初、この場所を老人たちの集まりだと思っていた。」
「だが、違った。」
「子どもが集まり、大人が集まり、高齢者が集まり、そして今日のように、居場所を失った者もここへ来る。」
「皆が自然と支え合っている。」
悠斗は静かに耳を傾ける。
「悠斗。」
「この『陽だまりの家』を、正式に村の事業として支えていきたい。」
「必要な資材や道具、人手についても、村として協力しよう。」
悠斗は驚きながらも深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
村長は穏やかに笑う。
「礼を言うのは私の方だ。」
「この村に、新しい居場所を作ってくれた。」
その時だった。
村の入口の方から、一人の青年が息を切らせて駆け込んできた。
「村長!」
「隣のフローレ村から使いの者が来ています!」
「どうしても相談したいことがあるそうです!」
その言葉に、その場にいた全員が顔を見合わせた。
悠斗は遠くの空を見上げる。
リーベル村で始まった小さな支え合いは、いつの間にか村の外へも届き始めていた。
新たな出会いが、また誰かの人生を変えていく。
そんな予感を乗せるように、夕暮れの風が「陽だまりの家」の軒先を静かに吹き抜けていった。




