第42話 役割がくれたもの
翌朝。
朝露に濡れた草を踏みしめながら、ロイドは村の外れへと歩いていた。
向かう先は、ミーナから聞いたフェリクスの家だった。
「本当に一人で行くのか?」
出発前、悠斗はそう尋ねた。
ロイドは苦笑しながら答えた。
「こういう話は、人数が多いとかえって身構えるだろ。」
「それに……。」
少しだけ空を見上げる。
「俺だから話せることもある気がする。」
悠斗は静かに頷いた。
「無理だけはしないでくださいね。」
「ああ。」
短く返事をすると、ロイドは歩き出した。
家の前まで来ると、庭には薪が積まれたままになっていた。
斧も置かれているが、最近使われた様子はない。
ロイドはゆっくりと扉を叩いた。
「……誰だ。」
低い声が返ってくる。
「ロイドだ。」
「リーベル村から来た。」
しばらく沈黙が続いたあと、扉が少しだけ開いた。
現れたのは、少しやつれた青年だった。
足をかばうように立っている。
「何の用だ。」
「少し話でもと思ってな。」
「帰ってくれ。」
返事は素っ気ない。
ロイドは無理に家へ入ろうとはしなかった。
「そうか。」
「じゃあ、この辺で話すか。」
そう言うと、家の前にあった切り株へ腰を下ろした。
フェリクスは呆れたような顔をする。
「帰れって言っただろ。」
「聞こえてる。」
「でも、暇なんだ。」
その一言に、フェリクスは思わず鼻で笑った。
「変な奴だな。」
「よく言われる。」
少しだけ空気が和らぐ。
しばらく二人は黙って空を眺めていた。
鳥の鳴き声だけが静かに響く。
やがてロイドが口を開いた。
「俺も昔、何もしてなかった。」
フェリクスは黙って聞いている。
「働く気もなかった。」
「どうせ俺なんかいてもいなくても同じだって思ってた。」
「毎日が退屈で、人に会うのも面倒だった。」
フェリクスの視線が少しだけ動く。
「でもな。」
「悠斗に仕事を押し付けられた。」
「押し付けたわけじゃありませんよ。」
突然、後ろから声がした。
ロイドが振り返る。
そこには、苦笑いを浮かべる悠斗が立っていた。
「……来るなって言っただろ。」
「心配だったので。」
「途中までです。」
「ちゃんと約束は守りました。」
ロイドは呆れながら笑った。
「本当に世話焼きだな。」
悠斗は二人から少し離れた木陰へ座る。
「今日は話を聞くだけです。」
そう言うと、それ以上口を挟まなかった。
ロイドは再びフェリクスへ向き直る。
「最初は木を運ぶだけだった。」
「掃除だけの日もあった。」
「正直、『こんなことに意味があるのか』って思った。」
フェリクスは小さく頷く。
「……分かる。」
初めて返ってきた共感の言葉だった。
「でもある日。」
「子どもに『ありがとう』って言われた。」
ロイドは少し照れくさそうに笑う。
「それだけで、次の日も行こうと思えた。」
フェリクスは俯いたまま呟く。
「俺はもう重い荷物も持てない。」
「前みたいには働けない。」
ロイドは首を横に振った。
「前と同じじゃなくていい。」
「今できることを探せばいい。」
「俺だって、最初から何でもできたわけじゃない。」
「少しずつ役割をもらっただけだ。」
風が二人の間を吹き抜ける。
長い沈黙のあと、フェリクスがぽつりと言った。
「……もし。」
「もし俺にも何かできることがあるなら。」
「一度だけ行ってみてもいい。」
ロイドは笑った。
「一度で十分だ。」
「嫌ならその時に帰ればいい。」
悠斗も穏やかに微笑む。
「無理に続ける必要はありません。」
「でも、一歩踏み出せば見える景色は変わるかもしれません。」
フェリクスはゆっくりと頷いた。
「……明日。」
「行ってみる。」
その言葉に、ロイドは立ち上がる。
「決まりだな。」
帰り道。
悠斗が隣を歩きながら尋ねた。
「今日はどうでしたか?」
ロイドは照れくさそうに笑う。
「俺、何にも特別なことは言ってない。」
「自分の話をしただけだ。」
悠斗は静かに首を振った。
「だからこそ、伝わったんだと思います。」
「経験した人の言葉には、重みがありますから。」
ロイドは少し照れたように笑い、夕焼けに染まる空を見上げた。
「あいつが来たら……。」
「今度は俺が迎える番だ。」
その横顔には、以前の迷いや諦めはもうなかった。
支えられた青年は、誰かの背中を押せる大人へと、少しずつ歩き始めていた。




