第40話 一人で抱えなくていい
朝から穏やかな風がリーベル村を吹き抜けていた。
集会所では、エドが新しく作ったベンチを磨き、子どもたちはその周りで元気に遊んでいる。
エリーも今日はエマと一緒に集会所を訪れていた。
「おはようございます。」
悠斗が笑顔で迎えると、エリーは嬉しそうに手を振る。
「あら、悠斗さん。」
「今日は遊びに来たんだったかね。」
「はい。一緒にお茶を飲みましょう。」
悠斗がそう答えると、エリーは安心したように頷いた。
その様子を見ていたマーサが、エマへ声を掛ける。
「今日は少しだけ、ここを私たちに任せてみないかい。」
エマは驚いた表情を浮かべる。
「でも……。」
「母を置いて出掛けるなんて。」
マーサは優しく微笑んだ。
「エリーさんは私たちが見ている。」
「だから今日は、娘としてじゃなく、一人の自分として過ごしておいで。」
エマは戸惑っていた。
これまで母を一人にすることが怖かった。
自分が見ていない間に何かあったらどうしよう。
そんな思いが、いつも頭の中にあった。
悠斗も穏やかに続ける。
「もし何かあれば、すぐにお迎えに行きます。」
「無理に長い時間じゃなくても大丈夫です。」
「少しだけ、息抜きをしてきてください。」
エマはしばらく考えていた。
やがて、小さく頭を下げる。
「……お願いします。」
エマを見送ると、エリーは不思議そうに辺りを見回した。
「あれ。」
「エマはどこへ行ったんだい。」
「少し買い物ですよ。」
マーサが優しく答える。
「すぐに戻ってきますからね。」
「そうかい。」
エリーは安心したように笑った。
その後は子どもたちと一緒に過ごした。
カイルが転びそうになると、
「慌てない、慌てない。」
と優しく声を掛ける。
リナの服の裾が少しめくれていることに気付けば、
「風邪をひくよ。」
とそっと整えてあげる。
ノアには、
「木くずが手に刺さらないように気を付けるんだよ。」
と優しく教える。
悠斗はその様子を見ながら思った。
誰かを気遣う優しさは、今も変わっていない。
記憶が少し曖昧になることはあっても、その人が積み重ねてきた人生は消えていないのだ。
昼過ぎ。
集会所の入口にエマが戻ってきた。
その表情は、朝よりも少し柔らかくなっている。
「お帰りなさい。」
悠斗が声を掛ける。
エマは照れくさそうに笑った。
「久しぶりに、一人で市場を歩きました。」
「お茶も飲んできたんです。」
「こんな時間を過ごしたのは……何年ぶりでしょう。」
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「少しだけ、肩の力が抜けました。」
マーサは頷く。
「それでいいんだよ。」
「介護をする人が笑顔でいられることも、大切なんだから。」
エマは静かに母のもとへ歩み寄る。
「母さん。」
「あら、お帰り。」
エリーは自然な笑顔で迎えた。
「楽しかったかい。」
「うん。」
エマも笑顔で答える。
「ありがとう。」
その一言には、母への感謝と、今日支えてくれた皆への感謝が込められていた。
帰り支度をしていると、アルバートが近付いてきた。
「今日は賑やかだったな。」
「はい。」
悠斗が頷く。
「人が増えると、その分支え合いも増えますね。」
アルバートは集会所を見渡した。
子どもたちの笑い声。
ベンチで談笑する高齢者。
木材を運ぶロイド。
穏やかに見守るマーサ。
「最初は、こんな場所が本当に必要なのかと思っていた。」
ぽつりと呟く。
「でも今は違う。」
「ここへ来ると、誰かがいる。」
「それだけで、少し安心する。」
悠斗は静かに笑った。
「それが、この場所を作りたかった理由なんです。」
アルバートも小さく頷く。
「悪くない場所だ。」
その言葉を聞いたロイドが笑う。
「前にも同じことを言ってましたよ。」
「そうだったか。」
アルバートは少し照れくさそうに頭を掻いた。
皆の笑い声が集会所に響く。
その光景を見つめながら、悠斗は胸の中で静かに思う。
支える人。
支えられる人。
その境界は、きっと思っているほどはっきりしたものではない。
誰もが誰かを支え、誰かに支えられながら生きている。
だからこそ、この場所は温かい。
そうして今日もまた、「陽だまりの家」の種は、ゆっくりと村の人々の心へ根を張っていくのだった。




