第39話 手が覚えているもの
数日後。
悠斗たちは再びエマの家を訪れていた。
玄関を開けると、エリーは窓際の椅子に座り、庭を眺めていた。
「あら、いらっしゃい。」
穏やかな笑顔は前回と変わらない。
「こんにちは。」
悠斗が頭を下げる。
「今日は何をしに来たんだったかね。」
「エリーさんに会いに来ました。」
悠斗が笑顔で答えると、エリーも嬉しそうに笑った。
「それなら嬉しいねぇ。」
部屋へ入ると、マーサは棚の上に置かれた裁縫箱へ目を向けた。
「今日も大事にしまってあるね。」
エリーはゆっくり頷く。
「昔からの宝物だからね。」
「若い頃に買った道具も入ってるんだ。」
その言葉を聞き、悠斗はエマへ尋ねた。
「少し見せていただいてもいいですか?」
エマは裁縫箱を持ってきた。
蓋を開けると、中には色とりどりの糸や、長年使い込まれた指ぬき、小さな糸切りばさみが丁寧に並べられていた。
「とても大切にされていますね。」
悠斗が感心すると、エリーは少し照れたように笑う。
「道具は大事にしないと長持ちしないからね。」
その表情を見たエマも、どこか懐かしそうだった。
「母らしい言葉です。」
その時、ロイドが持っていた布袋を取り出した。
「この袋、少しほつれてるんだ。」
「縫えそうか?」
エリーは袋を受け取り、指で布をなぞる。
「これくらいなら……。」
そう言って針を持とうとしたところで、エマが少し不安そうな表情を浮かべた。
「母さん、大丈夫?」
エリーの手は少し震えている。
悠斗は慌てて答えを出さなかった。
少し考え、エドへ声を掛ける。
「エドさん、お願いがあります。」
翌日。
エドが薄い木の板を持ってきた。
布を固定できるよう、小さな枠が取り付けられている。
「これなら布が動きにくい。」
「片手でも扱いやすいようにしてみた。」
アルバートも板を手に取り、木の角を撫でる。
「ここを丸く削れば腕が当たっても痛くない。」
そう言うと、自ら鉋を手に取り、丁寧に仕上げ始めた。
「さすが先生!」
カイルが声を上げる。
「だから先生じゃない。」
そう返しながらも、アルバートの顔は少し緩んでいた。
完成した道具をエリーの前へ置く。
「使ってみませんか。」
悠斗が優しく声を掛ける。
エリーは少し戸惑いながらも、針を持った。
最初の一針はゆっくりだった。
糸が思うように通らず、少し苦戦する。
しかし二針、三針と進むうちに、その手の動きは少しずつ滑らかになっていった。
「……あら。」
「手が覚えてる。」
エリー自身が一番驚いていた。
糸を引く力。
針を返す角度。
布を押さえる指先。
長年積み重ねてきた技術が、ゆっくりと蘇っていく。
部屋にいた全員が、その様子を静かに見守っていた。
縫い終えた布袋をロイドが受け取る。
「ありがとう。」
「前より丈夫になった。」
エリーは嬉しそうに微笑んだ。
「まだ役に立てたねぇ。」
その一言に、エマは思わず目を潤ませる。
「もちろんだよ、母さん。」
「昔も今も、母さんの縫い物は誰かを助けてる。」
マーサが優しく頷いた。
「人はね。」
「できなくなったことばかり見てしまう。」
「でも、本当に大切なのは、まだできることに気付くことなんだ。」
悠斗も静かに続ける。
「だから僕たちは、そのお手伝いをしたいんです。」
帰り際、カイルが布袋を大事そうに抱えていた。
「これ、お母さんにも見せる!」
「エリーおばあちゃんが縫ってくれたって言うんだ!」
エリーは少し照れながら手を振る。
「またほつれたら持っておいで。」
「今度はもっと上手に縫ってあげるから。」
その笑顔は、裁縫をしていた頃の自信を少しだけ取り戻したように見えた。
帰り道。
悠斗は穏やかな空を見上げる。
人は、失ったものだけで生きているわけではない。
積み重ねてきた時間は、手の動きにも、言葉にも、優しさにも残っている。
その人らしさを見つけ、大切にすること。
それこそが、自分の目指す支援なのだと、悠斗は改めて心へ刻むのだった。




