第38話 初めての訪問
翌朝。
悠斗はマーサ、ロイドと共に隣村へ向かっていた。
目的は、昨日相談を受けたエマの家を訪ねることだった。
「緊張しますね。」
歩きながら悠斗が呟く。
「初めて会う人ですから。」
マーサは穏やかに笑った。
「向こうも同じさ。」
「知らない人が家へ来るんだからね。」
「だからこそ、最初は無理をしないことだよ。」
悠斗は静かに頷いた。
しばらく歩くと、小さな家が見えてきた。
庭には色とりどりの花壇があった跡が残っている。
今は草が少し伸びているものの、手入れをしていた頃の面影は十分に感じられた。
エマが家の前で待っていた。
「来てくださってありがとうございます。」
「こちらこそ、お邪魔します。」
家の中へ入ると、どこか懐かしい空気が流れていた。
家具は古いが丁寧に使われている。
窓辺には布で作られた小さな飾り。
壁には色あせた刺繍が飾られていた。
「母さん。」
エマが優しく声を掛ける。
部屋の奥から一人の女性がゆっくり姿を現した。
白髪をきれいにまとめ、小柄な体をゆっくりと動かしている。
「こんにちは。」
悠斗が笑顔で頭を下げる。
女性は少し首を傾げた。
「こんにちは。」
優しい笑顔だった。
「私は悠斗と申します。」
「エマさんから、お話を聞いて伺いました。」
女性はゆっくり頷く。
「そうかい。」
「今日は何の用だったかねぇ。」
エマが少し申し訳なさそうな表情になる。
「母さん、この人たちは昨日お話ししたでしょう?」
「あら、そうだったかね。」
女性は照れ笑いを浮かべた。
悠斗は何も気にする様子を見せない。
「今日はご挨拶に来ただけです。」
「それなら安心だ。」
女性は笑った。
その笑顔に悠斗も自然と笑みがこぼれる。
しばらく話していると、女性はまた尋ねた。
「あなた達はどちら様だったかね。」
エマが答えようとする。
しかし悠斗が優しく手を添えた。
「私は悠斗です。」
「リーベル村から遊びに来ました。」
「そうかい。」
女性は嬉しそうに笑う。
まるで初めて聞いたような反応だった。
ロイドは少し驚いていた。
だが悠斗は話題を変える。
「この刺繍、とても綺麗ですね。」
壁を指差す。
女性の表情がぱっと明るくなった。
「それは私が縫ったんだよ。」
「昔は服も作ってた。」
「娘の服も、近所の子どもの服もね。」
嬉しそうに話し始める。
エマも少し笑顔になる。
「母は裁縫が本当に好きだったんです。」
マーサは部屋をゆっくり見回した。
棚の上には裁縫箱が置かれている。
ほこりは少ない。
きちんと手入れされていた。
「今でも使ってるのかい?」
マーサが尋ねる。
女性は少し考えてから答えた。
「時々ね。」
「でもエマが危ないからって。」
「しまっちゃうんだ。」
エマは申し訳なさそうに俯く。
「針ですから……。」
「もし転んだらと思って。」
悠斗は二人の話を静かに聞いていた。
どちらも間違ってはいない。
お母さんは好きなことを続けたい。
娘は怪我をしてほしくない。
どちらも相手を思っているからこその気持ちだった。
その時、女性が再び悠斗へ尋ねる。
「あなた、名前は何だったかね。」
「悠斗です。」
「悠斗さんか。」
「いい名前だねぇ。」
そう言って笑った。
数分後。
「今日は何しに来たんだったかね。」
また同じ質問が返ってきた。
しかし悠斗は変わらない笑顔で答える。
「遊びに来ました。」
「それならゆっくりしていきなさい。」
その一言に、部屋の空気がふっと和らぐ。
帰り道。
ロイドが口を開いた。
「同じことを何度も聞かれても、全然嫌な顔をしなかったな。」
悠斗は少し笑う。
「何度聞かれても、相手にとっては初めて話すことかもしれません。」
「だから、初めて聞かれたつもりで答えたいんです。」
マーサも頷く。
「病気だけを見るんじゃない。」
「その人を見る。」
悠斗は振り返る。
庭の花壇には、今も季節の花が少しだけ咲いていた。
手入れが難しくなっても、その人が大切にしてきたものは、確かにそこへ残っている。
「次は……。」
悠斗は静かに呟く。
「裁縫のお話を、もう少し聞いてみたいですね。」
その言葉を聞いたマーサは優しく微笑んだ。
「きっと、喜ぶよ。」
新しい出会いは、ゆっくりと。
焦らず、その人の歩幅に合わせて始まったのだった。




