第37話 支えの輪
アルバートが集会所へ通うようになってから、数日が過ぎた。
リーベル村ではすっかり馴染みの顔となり、子ども達からは「木のおじいちゃん」と呼ばれるようになっていた。
「先生じゃないぞ。」
そう言いながらも、子ども達に木の見分け方を教える姿は、以前の孤独そうな姿とはまるで違っていた。
その変化は、隣村にも少しずつ広がっていた。
「最近、アルバートをよく見かけるな。」
「笑うようになったらしいぞ。」
「家に閉じこもっていたのが嘘みたいだ。」
村人達の間でそんな話が交わされるようになる。
その中の一人、エマは複雑な表情で話を聞いていた。
四十代半ばほどの女性で、年老いた母と二人で暮らしている。
買い物を終えた帰り道、アルバートとすれ違った。
「おう、エマ。」
「こんにちは、アルバートさん。」
以前より表情が明るい。
背筋もどこか伸びて見えた。
「最近、お元気そうですね。」
「少し出歩くようになっただけだ。」
照れ隠しのように答えるアルバートだったが、その目には穏やかな光が宿っていた。
「リーベル村の集会所へ行ってる。」
「面白い場所だ。」
そう言い残し、ゆっくり歩いて行く。
エマはその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「私も……相談してみようかな。」
翌日。
エマはリーベル村を訪れた。
集会所では子ども達が元気に遊び、高齢者達がお茶を飲んでいる。
穏やかな時間が流れていた。
「いらっしゃい。」
最初に声を掛けたのはマーサだった。
「初めて見る顔だね。」
「隣村のエマと申します。」
少し緊張した様子だった。
悠斗も近付く。
「今日はどうされましたか?」
エマは言葉を探すように俯く。
「アルバートさんが……ここへ来るようになったって聞いて。」
「はい。」
「とても元気になられました。」
その言葉を聞くと、エマは安心したように微笑んだ。
しかし、その笑顔はすぐに曇る。
「実は……。」
少し間を置いてから話し始めた。
「母のことで相談したくて。」
集会所の一角へ移動し、皆で腰を下ろす。
「母は昔、とても働き者でした。」
「家のことも畑のことも、一人で何でもしていたんです。」
「でも最近は……。」
エマの声が少し震える。
「同じ話を何度も繰り返したり、食事を忘れたりすることが増えて。」
「外へも出たがらなくなりました。」
誰も口を挟まない。
ただ静かに耳を傾ける。
「私も仕事があって……。」
「ちゃんと見てあげられているのか、自信がなくて。」
最後の言葉は、小さく消えそうだった。
マーサは優しく湯飲みを差し出す。
「まずは、お茶を飲もう。」
エマは少し驚いた表情を見せた。
「相談に来た人はね。」
「話をする前に肩の力を抜くことも大切なんだよ。」
温かいお茶を一口飲むと、エマの表情が少し和らいだ。
悠斗は穏やかな声で尋ねる。
「お母様のお名前は、今日は聞きません。」
エマが不思議そうな顔をする。
「まずは、お母様がどんな方だったのかを教えてください。」
「好きだったことや、得意だったことでも構いません。」
その問いに、エマは少し目を丸くした。
病気のことを聞かれると思っていた。
困っていることを並べるのだと思っていた。
けれど悠斗が知りたかったのは、その人自身のことだった。
「母は……。」
自然と笑みがこぼれる。
「裁縫が得意でした。」
「私が子どもの頃の服も、全部母が縫ってくれて。」
「村の人の服もよく直していました。」
その話を聞いた悠斗も笑顔になる。
「素敵なお母様ですね。」
エマはゆっくり頷いた。
「今でも時々、針を持ちたがるんです。」
「でも危ないと思って止めてしまって……。」
悠斗は少し考えてから言った。
「まずは一度、お母様に会わせていただけませんか。」
「無理に何かを始めるわけではありません。」
「お話をして、お母様のことを知りたいんです。」
エマは静かに頷いた。
「……お願いします。」
その様子を見ていたロイドが口を開く。
「一人で頑張り過ぎるな。」
エマは顔を上げる。
「相談する相手がいないと、苦しくなる。」
「俺もそうだった。」
短い言葉だったが、どこか温かかった。
エマの目に涙が浮かぶ。
「誰にも相談できなくて……。」
「私だけが頑張らないとって思っていました。」
悠斗は優しく微笑む。
「これからは、一人で抱え込まなくて大丈夫です。」
「一緒に考えていきましょう。」
エマは何度も頷いた。
その日、集会所には新しい風が吹いた。
支えられた人が、また誰かを繋いでくれる。
アルバートが踏み出した一歩は、今度は別の誰かの勇気へと変わろうとしていた。
ここ最近、お仕事が忙しく投稿が遅れました。
申し訳ございません。




