第33話 もう一度、会いに行こう
アルバートの家を訪ねてから数日が経った。
集会所ではいつものように朝の体操が終わり、高齢者達がお茶を飲みながら談笑している。
子供達の笑い声も響いていた。
悠斗が木のコップを片付けていると、マーサが小さな布袋を抱えて近付いてきた。
「悠斗、少し付き合っておくれ。」
「どこへですか?」
「アルバートのところさ。」
布袋の中を見ると、茶葉と少しのお菓子が入っていた。
「お茶ですか?」
「そう。」
マーサは笑う。
「理由なんて何でもいいんだよ。」
「会いに行く口実があれば、それで十分なんだから。」
悠斗はその言葉に頷いた。
介護の仕事でも似たようなことがあった。
用事があるから訪ねる。
届け物があるから顔を出す。
そうした何気ない積み重ねが、信頼へと繋がっていく。
「俺も行く。」
後ろからロイドが声を掛ける。
「今日は何もしないぞ。」
「何もしなくても、一緒に行くだけで助かります。」
悠斗が笑うと、ロイドは少し照れくさそうに頭を掻いた。
三人は再び隣村へ向かった。
家の前へ着くと、アルバートは庭で薪を割ろうとしていた。
「また来たのか。」
ぶっきらぼうな声だった。
「また来たよ。」
マーサはいつも通り笑う。
「今日はお茶を持ってきた。」
「そんなもん、わざわざ……。」
そう言いながらも、アルバートは扉を開けた。
「……入れ。」
初めて家の中へ招かれた。
悠斗はその小さな変化が嬉しかった。
部屋は綺麗に片付いている。
だが、どこか静かだった。
マーサは急須を手に取る。
「これ、ずっと一つしか使ってないね。」
アルバートは少しだけ視線を落とした。
「一人だからな。」
それ以上は何も言わない。
マーサも深く聞かなかった。
ただ黙ってお茶を淹れる。
部屋の中に温かな香りが広がった。
その間、ロイドは縁側へ出る。
庭を見ると、前より草が伸びていた。
何も言わずに一本だけ抜く。
また一本。
その様子にアルバートが気付いた。
「何をしてる。」
「気になっただけだ。」
「放っておけ。」
「全部はやりません。」
ロイドは笑う。
「今日はこれだけです。」
数本だけ草を抜いて立ち上がる。
「続きはまた今度。」
アルバートは呆れたように息を吐いた。
「変な若いのだ。」
「よく言われます。」
ロイドも笑った。
悠斗は家の中をゆっくり見回す。
玄関には段差がある。
廊下も少し暗い。
本当なら手すりを勧めたい。
滑り止めも考えたい。
だが今日は言わない。
今は家を直すことより、この人との距離を縮める方が大切だと思ったからだ。
「最近、畑には行ってるんですか?」
悠斗が尋ねる。
アルバートは窓の外を見る。
「あまりな。」
「膝が思うように動かん。」
「昔ほどじゃない。」
少しだけ寂しそうだった。
「この庭はな。」
ぽつりと話し始める。
「妻が花を植えるのが好きでな。」
「毎年、この時期になると色んな花が咲いてた。」
静かな声だった。
悠斗達は誰も口を挟まない。
ただ話を聞く。
無理に励ますこともしない。
「今じゃ草ばかりだ。」
アルバートは苦笑した。
「少しずつでもいいじゃないか。」
マーサが優しく言う。
「今年は一本だけ植えてみたらどうだい。」
アルバートは返事をしなかった。
だが、その表情はどこか柔らかかった。
帰る時間になる。
悠斗達が立ち上がると、アルバートも玄関まで見送ってくれた。
「じゃあ、また来ます。」
悠斗が言う。
「好きに……。」
そこまで言いかけて止まる。
少し照れたように頭を掻いた。
「……次は茶くらい用意しとく。」
マーサが嬉しそうに笑う。
「それは楽しみだね。」
ロイドも小さく笑った。
「今度は草をもう少し抜きます。」
「勝手にしろ。」
そう言いながらも、アルバートの口元には小さな笑みが浮かんでいた。
帰り道。
ロイドがぽつりと呟く。
「少しだけ笑ったな。」
「はい。」
悠斗も頷く。
「少しだけです。」
「でも、その少しが大切なんです。」
介護の仕事でも同じだった。
昨日できなかったことが、今日は少しだけできる。
笑わなかった人が少しだけ笑う。
話さなかった人が一言だけ話す。
その小さな変化を積み重ねることが、信頼へと繋がっていく。
焦る必要はない。
一歩ずつでいい。
悠斗は青空を見上げながら、またアルバートに会いに行こうと静かに心へ決めるのだった。




