第32話 会いに行くという選択
朝の体操が終わり、集会所ではいつものように穏やかな時間が流れていた。
子供達は外で遊び、高齢者達はお茶を飲みながら談笑している。
その光景を眺めていたマーサが、ふと呟いた。
「この村は賑やかになったねぇ。」
「皆のおかげです。」
悠斗が笑って答える。
マーサは頷いた後、少しだけ表情を曇らせた。
「でもね、隣村には来たくても来られない人がいるんだよ。」
悠斗はその言葉に耳を傾ける。
「アルバートっていう人なんだけどね。」
「昔は畑仕事が好きで、村でもよく働く人だった。」
「でも奥さんが亡くなってから家にいることが増えてね。」
「最近じゃ、ほとんど外へ出なくなった。」
ハナも静かに頷く。
「そういう人はいるねぇ。」
「歳を重ねると、外へ出るのも億劫になるもんさ。」
悠斗は少し考え込んだ。
集会所へ来る人は、まだ自分で歩ける人達だ。
だが、本当に支援が必要な人ほど家から出られないのではないか。
その考えが頭から離れなかった。
「それなら。」
悠斗がゆっくり口を開く。
「こちらから会いに行きませんか。」
集会所が静まり返る。
レオンが腕を組む。
「向こうが来ないなら仕方ないだろ。」
「来られない理由があるのかもしれません。」
悠斗は真っ直ぐ答えた。
「まずは様子を見るだけでもいいと思うんです。」
村長も少し考えた後、小さく頷いた。
「無理に連れて来るんじゃないなら構わん。」
「はい。」
悠斗も頷く。
「話をするだけです。」
翌日。
悠斗、マーサ、ロイドの三人は隣村へ向かった。
歩きながらマーサが話す。
「アルバートは頑固だからね。」
「いきなり心を開くとは思わない方がいい。」
「分かっています。」
悠斗も笑う。
介護の仕事でも、一度会っただけで信頼関係ができることは少なかった。
何度も顔を合わせ、少しずつ距離を縮める。
それが当たり前だった。
しばらく歩くと、小さな家が見えてきた。
庭には草が伸び始めている。
畑は手入れされているが、以前ほどではない。
マーサが小さく呟いた。
「やっぱり草が増えてるね。」
悠斗は家の入口を見る。
段差がある。
手すりはない。
縁側も少し傷んでいた。
見る場所が二人で違っていた。
「こんにちは。」
マーサが声を掛ける。
しばらくして扉が開いた。
白髪の男性がゆっくり姿を現す。
「……何の用だ。」
「顔を見に来ただけさ。」
「余計なお世話だ。」
ぶっきらぼうな返事だった。
「元気そうで安心したよ。」
「元気だから帰れ。」
マーサは笑ったままだ。
怒る様子もない。
悠斗は家の中へ視線を向ける。
食卓には皿が一枚。
鍋も小さい。
生活はできている。
だが、どこか寂しさを感じた。
その時だった。
マーサが仏壇へ目を向ける。
供えられた花は少し元気がなく、水も減っていた。
「最近、お花を替えてないね。」
アルバートの表情が少しだけ揺れる。
「……忙しかった。」
「そうかい。」
それ以上、マーサは何も言わなかった。
責めることもしない。
ただ、そうなんだね、と頷くだけだった。
しばらく世間話をして帰ることになる。
最後までアルバートは笑わなかった。
「また来るよ。」
マーサが言う。
「好きにしろ。」
素っ気ない返事だった。
帰り道。
ロイドが口を開く。
「全然駄目だったな。」
悠斗は首を横に振る。
「いいえ。」
「今日、帰れとは言われませんでした。」
「え?」
「玄関も開けてくれました。」
「話も聞いてくれました。」
「それだけでも十分です。」
ロイドは少し驚いた顔をする。
マーサも優しく笑った。
「支えるっていうのは、急がないことも大切なんだよ。」
悠斗は頷いた。
介護の仕事でも同じだった。
今日できなかったことが、明日できるとは限らない。
でも今日会ったことは、明日に繋がるかもしれない。
その積み重ねが信頼になる。
アルバートの家を振り返る。
窓の隙間から、こちらを見送る人影が見えた気がした。
悠斗は小さく微笑む。
焦らなくていい。
一歩ずつでいい。
また会いに来よう。
そう思いながら三人は村への帰路についた。




