553 誰か止めてあげたほうがよかったかもしれない
「539 餅つきスタイル」の後日談的な何か。
最近、ゆかりは悩んでいた。喫茶いしかわのカウンター内でもたまに眉間にシワを寄せてしまうほどに。
通院帰りのランチとして具だくさん豚汁セットを食べ終えた大島は、カウンター席で食後の薬を飲みながらゆったりと口を開く。
「ゆかりちゃん、もしかして何か悩みごとかしら?」
「えっ!? おばあちゃま、どうしてわかっちゃったんですか?」
「だって、とっても難しいことを考えているお顔なのだもの。眉間に渓谷が刻まれる前に解決したほうがいいわ。笑顔のチャーミングな喫茶いしかわの看板娘には似合わないから」
大島の穏やかな笑顔に、ゆかりの口もほどける。
「年末に、ここのテラスで餅つきしてたじゃないですか」
「ええ、そうね。とっても盛り上がっていたわね」
「その時にね。和樹さん、褌姿でいるのがなんだかとても嬉しそうだったんです。ウキウキというか、ハツラツというか」
「ああ!」
ゆかりが遠い目になる。
「これぞ漢の衣装! ってドヤりが見えたというか」
「あぁぁ……否定できる材料が一つもないわね」
「それでね、たまたま数日前にちょっと記念日を調べたんですけど、二月十四日って真っ先にバレンタインを思い浮かべるけど、煮干しの日とか褌の日でもあるらしくて」
結論が見えてきた大島は表情を取り繕う。
「今回はチョコレートより褌をプレゼントするほうが良いのかなって」
「……そうなのね」
でも、そこまで結論が出ているなら悩むことなどないだろうに。褌にチョコレートを付けるか付けないかで悩んでいるのだろうか。そんなことを一瞬で考えた大島は軽く首を傾げる。
「そういう変わった趣向も素敵だと思うけど、結論は出ているならもう悩んではいないということかしら」
「いいえ」
ふるふると首を振るゆかり。
「プレゼントする褌を、越中褌にするか六尺褌にするかで悩んでいるんです」
「…………え?」
「普段使いするなら越中褌のほうが嵩張らないし手作りもしやすくて良いかなとは思うんですけど、でも和樹さんはこうキュッと締め上げて着用する六尺褌のほうが好きそうだなとも思ってしまって。それでいくつか通販サイトを調べてみたんですけど、六尺褌って書いてあってもねじり紐タイプのビキニパンツとかブーメランパンツの亜種みたいなのしか見つからないんです。せっかく贈るなら喜んでもらえるものが贈りたくて、それでどうしようかなって」
「アア、ハイ……」
うわぁ、これまた斜め上の回答きたぞ。
正直どっちでもいい。
どっちでも、というかゆかりちゃんからのプレゼントというだけで和樹さんは何でも喜ぶでしょうに。
大島は、そんな本音を奥の奥にしまい込み、必死で頭を巡らせる。考えろ、考えろ、考えろ!
「そう……ねぇ。先日の餅つきで着用していたものと違うデザインにしてみたらどうかしら。さすがに下着の使い回しはしないでしょうから、あの時着用したのは本人のものじゃないかと思うのだけれど」
「なるほど確かに! そうします!」
「それと……もし好みから外れてしまった時のために、チョコレートも用意しておくのが安心なんじゃないかしら」
ゆかりはパッと表情を明るくしてウンウンと頷く。
「さすがおばあちゃまです。おばあちゃまに相談して良かったぁ」
「ほほほ。お役に立てて良かったわ」
越中褌ならお兄ちゃんが出張土産でくれた手ぬぐいから作れるかしらと楽しそうなゆかりにホッとする。
それから一ヶ月と少し後。
大島は喫茶いしかわの会計時にマスターから
「本日のお代はもういただいております。それから、これはあちらのお客様からです」
と喫茶いしかわランチチケットを渡された。
示された「あちら」を確認すると、晴れやかな表情の和樹が軽く手を振りながらバチリとウィンクしてきた。
そういえば昨日がホワイトデーだった。
褌の件はどうやら和樹からはいたく感謝されたらしい。
褌が気に入ったのか、それともチョコレートも用意するようアドバイスしたことが功を奏したのか。
ひとまず丸く収まって良かった。
大島は微笑んで手を振り返し、店をあとにした。
愛妻の日の割烹にチラ書きしたネタ、こうなりました(笑)




