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徒然とはいかない喫茶いしかわの日常  作者: 多部 好香


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551-13 懇親会13

「ゆかりさんはほんと、危なっかしいですね」

 仮面は上手く貼りつけられたのか定かではないが、目の前の彼女は繋がれている手を認識したかと思うと、ふわりと優しく綻んだ。


 ああ……マズいな。

 警報が鳴り響くものの、華奢なこの手を離せない。

 何故なのか。それはまだきっと、明らかにしてはいけないのだ。


 アルコールのせいにして、その手を握り締める。

 ひどく自分の手に馴染む白く細い手。

 沢山の人を幸せにする手。

 僕の心でさえも温めてくれる、強くしなやかなゆかりの手。


「ゆかりさん、捕獲しました」

「人を動物みたいに言わないでくださいよ」

「あれ? てっきり猫かと思ってました」

「私はにゃんこじゃないですー」

「それは知らなかったなあ」

「なっ、和樹さんひどい!」


 ゆかりが反抗するかのように、きつく和樹の手を握った。

 返してくる反応が何故だかとても温かくて心地良くて、更に強い力で握り返す。

「和樹さん、いたーい!」

「反抗したからお仕置きです」

「なんですかそれ。私だって、まだまだこんなもんじゃないんですからね!」


 少し遅れて入った駅は、既に人も疎らだった。

 二人、手を離さないまま並んで改札を通る。

 その光景を見た駅員から、驚いたような、呆れたような視線が向けられていることも気付いていた。

 けれども、敢えて気付かないフリをした。

 半歩先を行くゆかりがその隙に、と言わんばかりに和樹の手を強く握ってみせるも、当の和樹はどこ吹く風。まったく効いていないと言うように意地悪く笑ってみせた。


「びくともしないなんてズルい!」

「仕方ないでしょう。男と女なんですから」


 そうだ。

 男、と。

 女、なのだ。


 自ら口にした言葉で何かを再認識した和樹は、思わず苦笑する。

 隣に並んだゆかりを見下ろすと、どこか不服そうな顔を浮かべ、今度は和樹の左手に自分の両手を重ねて参戦するようだ。

 先程よりも少し力は込められているようだが、そんなの痛くも痒くもない。


 おかしいな、ほんと。

 僕も。結構、酔ってるのかな。


 きっと、この浮揚感も。

 甘いひと時も。

 ゼロの距離感も。

 今だけ許された浮雲朝露。


「ねぇねぇ和樹さん」

「なんでしょうゆかりさん」

「和樹さんは明日、なにか予定とかありますか?」

「なにもないですけど。どうしました?」

「明日、一緒にお出かけしませんか?」


 のらりくらりと、ゆかりから左手に繰り出される攻撃を躱していたら、とんでもないものが投下された。

 聞き間違いではないかと一瞬耳を疑ったが、たしか自分は耳が良いはずだ。

 けれども、あんなにも炎上に過敏になっていたゆかりが、本当に発した言葉なのか。和樹は冷静な仮面を貼り付けながらも、必死に思考を巡らせていた。

 今、ゆかりは何と言ったのか。

 おかしいな、酔っ払って幻聴まで聞こえるようになったのか。


「知ってました? 再来週の日曜日、マスターの誕生日なんです」

「え」

「だから、一緒に誕生日プレゼント選びたいなあと思って」


「なにが良いのか分からなくなっちゃって」

 と、へらりと無邪気に笑って見せるゆかりは、まだ頬が少し赤い。

 そうだ。僕は夜目も利くんだ。どうやら幻聴ではなかったらしい。

 そうだよな、石川ゆかりという人はそういう人だったよな、とあからさまに溜め息をつくと、ゆかりが「和樹さん酔ってるんですか?」と尋ねた。


「酔ってません」

「だって、溜息ついたから具合悪いのかなって」

「まあ、頭は痛くなってきました」

「えっ、大丈夫ですか!?」

「アルコールのせいじゃないんで平気です」


 不思議そうな顔をしたまま見上げるゆかりに、どこか安心感を覚えている自分がいることに和樹は気付いていた。

 まだ、その時ではない。

 今はまだ、この距離が丁度良いのだ。


「良いですよ、明日。迎えに行きますね」

 ゆかりに捕らえられた左手に力を込めると、ゆかりが「いたーい!」と叫んだ。

 街灯の灯る暗闇の中、さすがにいただけないと思い、自分の口に人差し指を当てると、それに気付いたゆかりも自分の人差し指を口に当て、「しーっ」と口にした。


 何だか面白くて。

 また、秘密を共有したような、共犯めいた状況が可笑しくて、思わず笑みが込み上げる。

 緩み切った和樹を見てゆかりが一瞬目を丸くしたものの、堪らず可笑しそうに笑い出す。


 視線を合わせ。

 手を重ね。

 時間を共有することが、こんなにも心地良いのだということを思い出す。


 ……今だけだ。今だけ。

 この、アルコールの熱に浮かされている今だけは、どうか許してほしい。


 月明かりに照らされながら、隣で柔らかく微笑むゆかり。

 自分によく馴染むその白い手を、和樹はきつく握り締めた。


 ご無沙汰しておりました。


 リハビリを兼ねて時期と文字数をキャンペーンに合わせて久々に投稿してみれば、なんだか長くなってしまいました。


 お楽しみいただけていれば嬉しいです。

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