551-12 懇親会12
心地良く揺れる音と、後ろに流れていく景色をぼんやりと見つめる。
永遠に続くかのような一日も、あと少しで幕を閉じるのだ。
電車に揺られ心地良いのか、ゆかりの瞼が重そうだ。
うつらうつらと、その目をなんとか閉じまいと踏ん張り耐えようとするも、今にも深い眠りへと吸い込まれていきそうだ。
「……痛った!?」
ゆかりの丸いおでこに、デコピンをする。突然のことに驚いたゆかりが、その目を大きく見開いた。
「寝たら駄目ですよ、ゆかりさん」
「……今、デコピンしました?」
にやりと意地悪そうに笑って見せると、ゆかりが顔を真っ赤にした。
「もう! 穴開いたらどうするんですかっ」
「大丈夫です。その時はちゃんと絆創膏貼ってあげますから」
「自分の方が貼られる機会が多いくせに、なに言ってるんですか」
ゆかりは完全に目が覚めたようで、まどろみは一切残していない丸い目が少し怒ったように和樹を見つめ、その厚い胸を一つ叩いた。
その額には先程、和樹が付けたデコピンの赤い痕が残る。
「…………」
今はまだ。
彼女に付けられる痕はこれくらいだ。
それも、いつしか消えるほどの。
ゆかりは余程痛かったのか、額を撫でながらまだ頬を膨らませる。
和樹は、あまり力を入れていないのにな、なんて彼女には告げない言い訳を心の中でする。
起こさずにはいられなかった。
だって、また揺れる度にバランスを崩しては危ないじゃないか。
その肩を。
抱き寄せたくなってしまうではないか。
乗り換えも終え、ゆかりの住むアパートの最寄り駅までもうすぐ。
目をとろんとさせながらドアに寄りかかるゆかりは、また少し眠そうだ。
仕方ない、今日のシフトは朝から入っていたし、昼間はいつもと比べて忙しかった。
心の底から楽しかったのだろう。はしゃいだ体にアルコールは良く染み渡る。
目の届く場所にいてくれるのなら、いくらだって護ってやれる。
「ゆかりさん、次で降りますよ」
「ふぇ……」
一瞬、意識を手放したであろうゆかりが、気の抜けたような声を出した。
思わず笑ってしまうと、状況の飲み込めていないゆかりが、きょとんと目を丸くした。
油断してくれるなよ。ほんと。
もう少し警戒してくれ。
けれども、口には出さない。何故だろう。
声にしてしまえば良いではないか。
そうすれば、彼女はその意識を手放すことなく、僕に気を許さないまま家路へと辿り着ける。
そう告げないがために、彼女はまるで僕が傍にいることに安心しきったかのように、簡単に眠りへと誘われようとする。
それならば、僕がそれを敢えて口にしない理由はなんなのか。
軽くブレーキ音がして車体が揺れると、気を抜いたゆかりがふらりとよろめいた。あんなに警戒していたはずなのに、あっさりとその手を引き寄せる。
「……びっくりした」
「立ちながら寝るからですよ。まったく。危ないじゃないですか」
「すみません。……びっくりしたぁ」
アルコールのせいなのかどうなのか。
引き寄せたままその手を離さない自分と、離れようとしないゆかりは何なのか。
働かない思考のまま、思わず掴んだ細い手に力を込めたと同時に、電車が目的の駅へと辿り着いた。
一気に押し寄せる人波と一緒にホームへ降りると、ゆかりは足元が覚束ないのか転びそうになる。
手を離せないまま、人並みに飲み込まれないようその手を引き寄せて。
何とも思っていないような仮面を貼りつけて言葉を紡ぐ。




