551-11 懇親会11
「大丈夫ですか?」
「はい。和樹さんの方こそ、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。そんなに飲んでませんし」
「和樹さんってお酒強いですよね」
「弱くはないでしょうね」
ゆかりはふふっ、と笑い軽やかに足を弾ませた。
和樹の少し先を行くゆかりの背を見つめる。足取りは覚束ない訳ではない。
けれどもよく笑い、ふわふわと雲の上を歩くかのようにスカートが揺れる。
「気持ち悪いとかないですか」
「はい。上機嫌です」
「それは良かった」
嬉しそうに髪が揺れ、くるりと振り向いて和樹を見つめては楽しそうに笑う。
ネオンが彼女の顔を艶めかし気に照らして影を作った。かと思うと、昼間と変わらない無邪気な笑顔を見せ、和樹の傍へと寄ってくる。
「和樹さん、今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。とても楽しかったです」
「それもそうなんですけど。たくさん助けてもらっちゃいました」
やけに冷静な自分が、あ、意外と思考ははっきりしてるんだな、と思った。
「和樹さんがいなかったら、ここに来ることもできなかったし。それに、助けてもらえて安心しました」
二人、駅へと向かう道すがら、ゆかりはぺこりと頭を下げる。
「それに。ちょっと、どきどきしました」
そっと恥ずかしさを乗せた笑みを向けられ、そういえばその肩に触れたんだよな、と思い出す。
想像よりも細かった。
電車の中で囲うようにした際に見上げられた視線も、その後の彼女の笑顔も覚えている。
抱き寄せると柔らかく、しっくりと自分の胸に収まった。
離したくないと思ってしまった感情は、隠し切れなかった。
そんな和樹には気付かず、またくるりと背を向けて歩き出したその細い手を、咄嗟に掴む。
「ゆかりさん、迷った時はどうするんでした?」
「え……止ま、る?」
「そう。駅は逆ですよ」
「え、うそー」
はあ、と一つあからさまに溜め息をついてみせ、あんなに自信ありげに先を歩いていたのにな、と和樹は思った。これじゃあ道に迷うはずだ。
さきほど彼女が話していたことに嘘偽りはないらしく、堂々とした迷いっぷりに笑いが込み上げる。
「ゆかりさん、ほんっとうに方向音痴なんですね」
「なんでそこ溜めたんですか?」
「いや、あまりにも堂々と反対側に行くんで」
「分かってたなら言ってくださいよ、もう!」
そう言って少しだけ口を尖らせ、恨めし気に和樹を見つめる。
「和樹さんは意地悪ですね」
「あれ、今頃気付きました?」
「もう! そういうのが意地悪って言うんですっ」
大きな通りに差しかかったこの場所は、人通りも車の通りも多く、手を繋いだまま押し問答をする二人を珍しそうに眺めては立ち去る。
あ、離したくないな。と思ってしまう。
少しだけ熱を持った、自分のものとは比べものにならない白く細い手。
車のヘッドライトが、更にその白さを強調しては過ぎ去っていく。
「駅、こっちですよ」
瞬間、その想いは掻き消して。けれどもその手は離せないまま、元来た道を戻る。
繋いだままの手は不思議なくらいよく馴染んで、ゆかりも次第に握り返してくれる。
胸にかき抱いた時のように、強く引き寄せる訳でもない。
人、一人分空いた距離が。今はとても心地良い。
「本当に反対方向だったんですね」
「だから言ったでしょう?」
「ちょっとした酔い冷ましっていうことで」
「そういうことにしておきましょう」
ここへ来た時よりは幾分空いていたが、数時間前とは別の賑やかさが電車内にひしめき合う。仕事終わりや、自分たちと同様に飲みの帰りであろう人もいる。
ドア側へ寄り、ゆかりの家の最寄り駅を確認する。次の駅で一度降り、そこからまた乗り換えだ。
「今日、ほんとに楽しかったな」
ゆかりの口から吐息とともに吐き出された言葉には、気付かない振りをした。
移ろいゆく車窓の景色。窓に反射して、何とも表現しがたい顔をした自分と目が合ったからだ。
窓越しに盗み見たゆかりは、満足そうな笑みを浮かべているのに。
がたん、ごとん、と揺れる車内のドアに寄りかかり、窓の景色を見つめる。
螺旋を描くように、車体が彼女の家へと近付いていく。
少しだけふらついた彼女の腕を取って、元の位置へと呼び戻す。
引き寄せはしない。
「ありがとうございます」
と告げた彼女は、和樹と同じようにドアに寄りかかり頭を付ける。
少しだけ酔いが回っているようだ。




