右は、光。 左は、闇。
恐ろしい事に気づいたんです。年間の取材で5回分の遠征記事のネタを仕入れると、1か月に1話書いて1遠征を3話で書いても1年の執筆量が1年の取材量に負けるんです。
しかも、「第5問:猟犬は愛玩犬と違うの?」編は遠征1回分を6話で書いていてもまだ終わっていません。話の中身か、執筆速度に梃入れしないといけませんね!
取材でネタはどんどん仕入れているので、頑張りたいところです。
ともあれ、なんとか7月中に書き終えましたので、投稿します。
気持ち的には、月1話ペースに復帰です(モウ7/31ダケドナー)
"三角の上行く門"を抜けると、ほどなく大きな稜線に突き当たった。
T字路の右はどこかで聞いたっぽい名前の山に緩やかに登っていく。左は市街地・・・まあ、来たのとは違う村落や市街に向かう。
勿論、来た道に落としたいのだから来た道の上に回り込む右折側を選ぶ。
「そろそろ出ちまうぞー」
勢子長はいまや遅しとばかり。
一方の犬は所在なさげ。
猟犬っていうのは現場に来ると"行かせてくれえええええええええっっっ"って急いてしょうがないイメージだったけど、主人の方がよっぽど急いている。
会長は「俺も今から降りるからよ」と釘。車を返す。
おろされた川島さんと僕はもう少し進む。
どうやら出尾根がEの様に三つに分かれているらしい。
「最初の根元は俺が一緒に行くからな。そこから尾根をまっすぐ行くんだぞ」
「はい」
川島さんは落ち着いたもんだ。
一個出尾根を越え、更に50m程歩くと緩やかな谷を挟んだ尾根が見える。
「見えるな?」
「あの尾根を下ればいいんですか。」
「そう、まっすぐ尾根を下ればいい。この時間帯だとお日さんが当たってこっち側は明るいが、反対は真っ暗だ。明るい方だけ歩いて行きゃいい。暗い方も耳をすませばなんか気づくかも知んねぇから見てても良いがよ」
「明るい方、あの出尾根上から見ると右側の方ですね」
「そうだ。暗い方は雪や氷が解けてねえ。滑って転んだら大変だしな。」
「無線も無いですもんね」
「そうだ。でも山は歩かなきゃ始まらねぇ。だから、明るい方だけ歩け。なんかあれば叫べ。歩き始めは合図するからそれまで待つんだぞ。」
そう言って川島さんは真ん中の尾根に戻る。
実際に担当の尾根まで行くと明暗が凄い!
東側が朝日を浴びてぽかぽかしてて、凍ってた葉っぱなんかも溶けかけてきらきらしてる。
左手の方は日の出を迎えてなくて、寝静まるような沈黙感の薄い闇が広がっている。ところどころ雪なんかも残ってる。
「おーい、行くぞ~」
「はーい!」
やや小さくなった声に返事をしながら振り向くと、既に全く見えない。たぶんあとわずかで、もう呼んでも聞こえない。
最初の山でも思ったけど、あっというまに"一人"になった。
担当の尾根上を進むと、道路から100m離れたくらいでいかにも鹿の糞なぽろぽろした残留物を見つけた。
その辺にある木の枝でつつくと、完全に固まっている。やや乾燥している気もするし、昨晩よりは前だろう。
足跡も無いかと探すけど、地面が凍っていたり、落ち葉が落ちてたりで都合よく足跡が見えるわけではなかった。
周囲を見回して、行った方向が分からないことを実感しながらため息。
吸い込むと朝のカチンコチンな空気だ。肺にしみる。
でも、動いているおかげか、真冬ならいつもかじかんでいる指に全然寒さを感じない。
なだらかな尾根をまた歩き始める。
50mも行かないうちに、また痕跡があるけど、やはり周りを見渡しても痕跡がはっきりしない。草や登り坂もないので、獣道らしい獣道が無い。いや、むしろ尾根自体がそういう獣道なのだろう。
また少し進むと、両腕を回してやっと届くかというくらいの木が向かって右から左に倒れている。他の立ち木との組み合わせもあって右側はだいぶ通りにくい。左方向に避けると、やや尾根から外れて、左のまだ夜が明けきっていない方向がのぞき込めた。
左側はやや急な斜面で、凍っていて、普通に歩くと滑りそうな不安がある。最初は適当な立ち木、次に倒木、さらに次の立ち木を掴んで・・・と思ったら体重移動と掴むタイミングが合わず、足元を滑らせてしまう。
実際に滑ってしまうと表面はわずかに朝日で溶け始めていて、恐ろしく滑る。変に片手をついたり足で無理に我慢して大けがをしないように両足をある程度柔軟に地面につけながら転んでいき、体の側面で地面につく用段々姿勢を変えていくことを意識しながら片手をつこうとするも、手と肘が地面に当たった状態からさらに50cmほど滑り、転び始めたところから2mくらいは進んでしまう。
尾根筋は完全に気楽なハイキング気分だったのにわずか10m程度ずれたら、もう不安定どころか両手両足を使わないと滑るのが怖くて進めない。なるほど、鋲付きの長靴が欲しくなるわけだ。
それに、もしかしてこれを回避するために、明るい方を歩けと言ってくれたんじゃないだろうかと気づいた。
明るい側は、少なくとも氷で滑る心配は少ないだろうし、角度がましだから声も届く。万一心配して見に来るとしても、接近してくる方向側に向いているから、見つけやすい。
3人居る中で新人が一人なんだから真ん中に置く方がルートを外れるリスクが低いし、両脇を押さえれば鹿も逃げ難そうでいいように思ったけれど、僕の安全を気にかけてくれる師匠が見やすい配置に僕を置く、というのは納得できる気がした。緩やかな日向の方を歩けば、あまり危なくもないし。
幸い、特に痛い関節は無く、軽く打ったひじや太ももも少し痛いが1分とせず痺れも取れて来た。
でも、これで全く大きなけがをしていなくても、数メートル滑って軽く頭を打って意識が飛んで、本来歩くコースから見えない、木の裏なり岩の陰にでも隠れてしまったら大ごとだ。狩りは狩りでも地元総出の山狩りになってしまうんじゃないだろうか。
正直、こんなに危険な環境で急かすのはネジが飛んでいるか、リスク管理的が分からない馬鹿なんじゃないかと思う。
なんとか、もともと行こうとしていた倒木の先にある尾根の続きまで戻る。たったの10m程度、尾根から離れて戻っただけで、生死の境を感じてしまったのか心臓がばくばく言っている。2~3分程度、いや時間感覚がおかしくなっていたとしても、5分程度の話だろう。獣すら出ていないのに大ごとに感じてしまって、人に見られたらと思うと、恥ずかしい!
でも、人はいない。
朝日だけが、こっちを見ていた。
※本作品はフィクションです。
※実在の人物、団体、事件、地名、技術、科学的根拠を保証するものではありません。
※また、取材の過程で入手した情報が一部反映されていますが、
※別の地名・時代・人物の話を複合的に盛り込んでおり、実際の出来事や法律と一致するものではありません。
※法律・植生・科学的事実について裏取りが出来ていないものを含む「創作」「ファンタジー」であることをご理解ください。
※偶然書いてあることが何かに一致しても真実だったり嘘であっても著者は一切責任を負いません。
あと、猟師はせっかち。これはたぶんノンフィクションです。取材結果的に。




