そして進む下り道
真夏に、真冬の場面を書くのは、わりと気分転換になりますね。
前回に転びかけたのに引き続き、尾根上を歩いて行きます。
尾根に戻ると、緩やかで、静かで、本当に一人相撲で恥ずかしいことしてたとやや顔が赤くなるのを感じる。
けど、大気はかなり冷たく、歩いて温まる体と同じくらいまですぐ冷える。
緩やかな尾根を数分進むうち、倒木は頑張ってくぐったり、日の当たる斜面に避けたりして進む。
ときどき、明らかに断面が平らな、人間が切ったような気があるけれど、林業にしてはあまりに見る頻度や連続性がおかしい。
きっと何か理由があるんだろうけれど、木に詳しくて全く分からない。樹木の分類ぐらい、勉強しておけばよかった。
って、何度目の樹木の話だろう。一地方なら対して種類も多くないだろうし、なんとか判別付けたいな。
当初は2~3メートルあった尾根上のスペースが段々狭まって来るとともに、角度もついてくる。
さっきの暗い面での失敗に懲りて、今度は明るい方にずれながら、尾根を見失わないように少しずつ下って行く。
ところどころ、下っていく方向に段差があって両手を使いながらも、まだ、どうにか2足歩行できる角度だ。
右隣の尾根の様子が分からないかと視線を上げると、出発当初全然見えなかった尾根の位置が、多少近づいてきたことで、木の立っている感じでなんとなく分かるようになってきた。
自分のいる尾根を仮にまっすぐ行っていると見立てて言うなら、一度離れた尾根がもう一度近づいてきて、最初は緩やかだった谷が、だんだん急で狭い物に変わって来る。
そういえば、一旦転びかけたあたりから、獣の痕跡をあまり意識しなくってしまっていた。失敗したなぁ。
やらかしてしまったことを意識しつつ、前を向くと、尾根が更に急角度で下に曲がって、先が見えない感じの所が見えてきた。
まさか崖じゃないよなと思いながら辿り着いて見てみると、道路手前の法面になっている。そろそろ両手両足を使わないと降りれないかもしれないくらい急になって来た右側の谷に沿って降りればいいかな、と思って視線を谷に這わせて道路まで見ると、会長が立ち上がって、顔をこちらに向けている。
うっかり「おーい」と言いそうになってしまうけれど、これで右側に鹿がいて逃したら大ヒンシュクだろう。
手を振ったら顔を背けられた。
あれは気づいたことの合図なんだろうか。それともたまたま振り向いただけ?
両手両足を使いながら谷を降りようとすると茨の塊が谷を横断している。
そうか、日が当たる側の斜面のほうが発育がいいから育ってしまうんだろう。
手前に戻って迂回するには長すぎるし、奥の方に行って迂回しようとすると、急な法面と金網で困ったことになりそうだ。
結局、仕方なく両手でかき分けながら進むけれど、かき分けた時の腕を無造作に動かすと、トゲの生えた枝がもろに顔に向かってくる。これ、普通に失明の危機かもしれない。本気で怖くなったので、かき分ける時の手を戻す位置を、胴より後ろまで持ってくるようにして、枝が顔の前に来ないようにする。
そして、茨地帯も結構な急斜面なので、手を後ろに持って来たときに当然のごとくバランスを崩して転びそうになり、二重に危ない。どうにかこうにか茨を抜けると、まったく視界に入っていなかった川島さんが、いきなり20メートルくらい先にいて、こちらを見てる。
手を振り返すと、今度は反応が返ってきた。
「犬が来るぞー捕まえてやれよー!」
なんとなく間延びして聞こえてしまうのは、声を張っているからだ。
無線が小さな音でノイズを出しているのが聞こえてくる。この距離で聞こえるなら、結構な音量のハズ。
「わかりましたー!」
返事をして、事前に配られていたカラビナつきの紐を構えたところに、犬がちょうど現れる。
現れたはいいが、道路を普通に歩いてきて、会長の射撃方向の後方から回り込んで来る。
これ、獲物が居ても道路またぎにるし、バックストップもないしで撃てない角度じゃんか。
「岡本さん、鉄砲のないあんたが捕まえてくれや」
ややくぐもった会長の声が聞こえるくらいの距離に来たところで、犬がこちらに寄って来る。よそ者が珍しいか。
「臭い覚えされてやれよ」
川島さんもすぐ側まで来た。
「じゃないと近くまで来ても気づいてくれないけえな」
犬が北方向を見ると、会長の車がある。臭いを辿ってきたのだろうか。
「吠えないな、この犬は」
川島さんが呟いたのを聞いて会長も相槌を打つ。
山の気配のせいか、やや人も寡黙な気がする。
「この山はおらん。だから早く出ろって言っただろ。こんなに日が昇ったら、もうどこに行ってもおらん」
言われてみれば、朝日だったはずの光が、すっかり上の方から降り注いでいる。
「犬も仕事せんしな」
自問自答をはじめた勢子長はご機嫌斜めのようだ。
「天辺で握り飯でも食おうや。岡本さんは何もってきた?」
一度、全員で車に乗り、勢子長の車のある、主尾根上の開始地点まで戻る事になった。
※本作品はフィクションです。
※実在の人物、団体、事件、地名、技術、科学的根拠を保証するものではありません。
※また、取材の過程で入手した情報が一部反映されていますが、
※別の地名・時代・人物の話を複合的に盛り込んでおり、実際の出来事や法律と一致するものではありません。
※法律・植生・科学的事実について裏取りが出来ていないものを含む「創作」「ファンタジー」であることをご理解ください。
※偶然書いてあることが何かに一致しても真実だったり嘘であっても著者は一切責任を負いません。
あと、猟師はせっかち。これはたぶんノンフィクションです。取材結果的に。




