足跡数えて臭いを追って
手遅れかもしれないですが、作中に出て来るフェンス関連の話は自治体ごとに扱いが違いますし、一応未来という設定でやっていますので、自分で防獣フェンスを建てる人、補助金を受けたい人は自治体ごとのルールを確かめてくださいね。
個人の土地または複数人で所有地を繋げた上での防獣ネットなどの網をかける場合の補助金に関するルールは厳しいところもあります。
例えば、某関東県では「農家のみ、建てた防獣ネットやフェンスの半額を上限20万円まで自治体から補助金として提供」のようなルールの場合がありますが、全くの補助金なしや逆に農家に限定されなかったり50%以上まで支給される自治体もあるようですし、特に集落の外縁一周などは自治体が直接立ててくれる場合もあるようです。
もう一個補足、地図用語では「尾根」と「谷」ですが、本作中では緩やかな谷を「沢」と表現しています。水が無い場合も多いです。水の流れを認識できるときは水について名言するか、「小川」と言います。
チェーンを巻き直すのは良いんだ。けれど、道がカチコチに凍って、朝日を弾いてきらきらしてる。
いや、よく見るとわずかに溶けているな。
「なんだスパイク長靴じゃないんか、ほ。」
お師匠様こと川島さんは指導に余念がない。スパイク付き長靴の足裏を見せてくれる。
年を取ると足を上げるのがしんどくなって来るので、これが出来るのは肉体年齢が若い証拠かもしれない。
僕が履いているのは某登山靴メーカーの水は通さず蒸気は通す優れもの・・・なんだけど。
ごめん、さすがに鏡面は無理!
「そんな丈が低いとよ、川に入るとき大変だろうが」
「え。自分から入っていくものですか」
「そらそうよ」
なんて話ながら手際よくチェーンを外し、勢子長を通す。ゲートを開けるのを見届けて、会長はUターン。
「それ、お前が締めろ」
川島さんの軽トラが抜けた所で、チェーンを巻いてゲートを締める。
勢子長と川島さんの2台は足跡らしきものがあるかを斜面あたりで見ながら、のろのろ進む。
中腹に来たあたりで2台とも停止。
「俺は大回りするからよ」
勢子長が犬を箱から出しながら言ってよこす。
「岡本さんはよ、ここからまっすぐ下ってくれや。まっすぐは分かるな?」
「この沢・・・いや、沢というほど凹んでないですけど、斜面を下りればいいですか?」
「そうだ。会長がよ、この下に出たとこにあるさっきの道の少し上で全部見てるからよ降りてフェンスに出たら、門の方に行ってくれや。」
「じゃあここが"三角の小川の上"になるんですか」
「いや違う、寝てる奴がいるかもしれないから急いでここだけ片づける。三角の小川の上はそれからだ」
「分かりました。」
「普通に下ってくれりゃええ。無線もないし、準備運動だと思ってくれや。俺は下って少し手前から入る。あっちだ」
そういって指さす方向は、来た道の側、大きな沢を挟んで反対側だ。なるほど。この山のサイズとフェンスを考慮すると、確かに包囲網が出来る形だ。
「じゃあ、いつ下り始めればいいですか。」
「そうさなぁ」
勢子長の方に眼を射やりなら、川島さんが無線と時計を順に撫でる。
「お前さんを送り出してから、俺はあっちいく」
<始めるぞ3番!>
なんだこの間合い。タイミング良すぎだろ。
「猟師はせっかちだぞ」
川島さんが力強いしわの刻み込まれた悪そうな顔でニヤリ。
「はい、行きます」
「急がんでいいからな。ケガだけはするんじゃねえぞ」
「はい!」
さっさと軽トラに乗り込んだ川島さんは、すぐ視界から消える。
さっきまでは人間の領域だと思っていた山道にいたはずなのに、たった数歩歩くだけで、
冷えて妙に澄んだ空気の妙に整った、でも木の匂いが薄い森林。雰囲気が、違う。
”誰もいない”
当たり前だけど、今、感知できる範囲から人間が消えている。
あの人に溢れた街中とは、別世界で、猟師たちとつるんで移動していた山道とも、違う。
(ああ、ここで倒れたら、死んだら、こんなに村のすぐ傍だけど、誰も来なくてそのまま消えてしまうのかもしれない)
道が目視できない頃には、一面がまっすぐ伸びた針葉樹林だ。明らかな人工林。下草はとても薄い。ほとんど、土。
(そういえば、本当に歩いているだけだけど、良いんだろうか)
巻狩りというのは、本来追い出し役の勢子と、待ち構えて射撃するタツマに分かれる。
(今日で言えば会長がタツマ、他がセコ。静かに歩っているだけでいいんだろうか。)
注意力が散漫になったら、さっそく足元が滑った。
斜面は緩やかとはいえ、岩やらなにやらで突然傾斜が変わるところは多い。
段々奥に入って来るにしたがって方向がつかめなくなって来る・・・が、今回は下れば大丈夫なはず。信じよう。
(あれ?距離感が分からないな。大分歩いたからそろそろ道なりフェンスがないかな)
不安になって周りを伺うと、どうも木の根元に手で砂を少しかき分けてならしたような微妙に整えられた、場所がある。
(ん?人がここでなにするんだろう?)
3歩くらいで届くところまで近づいてようやく気付く。
(これ、鹿が座ったか寝たかした跡だ!寝屋って奴か!)
注意深く歩いた後がないか探ったけれど、足跡は都合よく残ってはいなかった。
けれど、少し上ったところには鹿の糞が数個散らばっている。
(茶色くてぱさぱさ、でも凍ってる。さっきのより、さらに古いかな?)
木の枝で突いて完全に凍ってることは確かめた。
(なんとなく、ここに居たのは分かるけれど、時間感覚が良くわからないな。方向だけでも分からないかな)
もう一度、今度は上側から寝屋を覗くと、うっすら道になっているらしき土の払われたのか、登り方向へ踏まれたのかするような跡がある。
下りも同様に探すと、登りに比べてかなり薄いけれど、やっぱりこちらも跡がある。
(辿れるかもしれない・・・)
気分だけはDeer Stalkerと書いて鹿追いハンターだ。でも、足跡を見つけてどうこうするよう指示は受けていない。
鹿が通った後の道を視線でたどりながらあたりを付けて、どうするか決めようか悩む。
「おーい、何か居たか?」
全く違う方向から、反対方向に下ったと思っていた川島さんが、なんと同じ標高で、沢を挟んでいるとはいえ割と近いところに居る。「古そうなんですけど、鹿の跡があるんですよー!」
「見ながらでいいからずっと下行けー!」
無防備にも叫びあってしまう。
川島さんは、言うだけ言うと同じ標高を横に辿り、尾根を横切って視界の外へと行ってしまう。
これは最初から分担ルートとは別に心配して見に来てくれていたのかもしれない。
(まあ、ああ言われた以上、素直に鹿の後を辿りながら下るか)
鹿の通った後はかなり薄く、むしろ断続的にしか見えず、しょっちゅう見失う。
けれど、ある程度のあたりを付けて歩いていると推定した通り道は外れているけど、フンとかで一応同じ通り道らしきルートを再発見することもあり、なんとか進み続ける。
そして気づいたら目の前にはフェンスと、その50M先に山道だ。
(あれ?これフェンスがあって人間も簡単には出られないし、会長の居場所が分からないからどっちに行けばいいかもわからないんじゃ?)
ふと疑問に思い、会長の行く先を想像しても、折り返して下側の道を行ったことしかわからない。
(まあ、最悪ゲートまで戻れば、川島さんとは合流できるか)
人間の使う道が見えて、なんとなく緊張感が切れたまま、フェンス沿いをゆっくり歩く。所によってはフェンスの山側の方でフェンスに比べたら随分適当な網で囲ってある若そうな樹木何かもある。
(もし、鹿が居て方向が合っていれば、フェンスに遮られるからフェンス沿いを行くしかない気分になってフェンス際とか走らないのかな。)
足跡もフンもないと落胆仕掛けていたら、川島さんに出会う。
「どうだ、少しは居そうか?」
「少し古いんじゃないでしょうか?」
「そうだな、こりゃ次の場所に急ぎたい奴だ」
糞の様子や獣道っぽい物を見た事なんかを報告していたらさっき鍵を開けたゲートに着く。
「次は三角行くがや」
会長はやる気だ。まだまだ今日は色々見て回れそうだな。
※本作品はフィクションです。
※実在の人物、団体、事件、地名、技術、科学的根拠を保証するものではありません。
※また、取材の過程で入手した情報が一部反映されていますが、
※別の地名・時代・人物の話を複合的に盛り込んでおり、実際の出来事や法律と一致するものではありません。
※法律・植生・科学的事実について裏取りが出来ていないものを含む「創作」「ファンタジー」であることをご理解ください。
※偶然書いてあることが何かに一致しても真実だったり嘘であっても著者は一切責任を負いません。
あと、猟師はせっかち。これはたぶんノンフィクションです。取材結果的に。




