白冠おろした猟師の山へ
(本日、まとめて前書きに注意書きを足しています。)
※本作品はフィクションです。
※実在の人物、団体、事件、地名、技術、科学的根拠を保証するものではありません。
※また、取材の過程で入手した情報が一部反映されていますが、
※別の地名・時代・人物の話を複合的に盛り込んでおり、実際の出来事や法律と一致するものではありません。
※法律・植生・科学的事実について裏取りが出来ていないものを含む「創作」「ファンタジー」であることをご理解ください。
※偶然書いてあることが何かに一致しても真実だったり嘘であっても著者は一切責任を負いません。
今期、最終日の朝3時。一緒に案内するお客さんが居ない今回は大分時間に余裕がある。
同居人たちを起こさないように、慎重に準備を進め、玄関に辿り着く。
「いってらっしゃーい・・・」
小さいけれど、確かに声が聞こえた。都内の狭苦しい家では、なかなか猟犬を伴う生活は難しい。
「いってまいります。」
つぶやいて、ドアを開ける。
もう、ヒートテックを着なくてもいいくらい暖かい。
むしろ、着たまま山を走れば、酷いことになるだろう。
着心地、かっこよさ、頑丈さ・・・ほとんど何でも揃っている迷彩服を避け、
ジーパンに普通の綿100%肌着、適当な普段着シャツの上から、これまた安物のパーカーを羽織り、エンジンを点火する。
ガソリンの残量はおよそ45%。最近では都内の深夜営業しているガソリンスタンドの方が地方のガソリンスタンドより
安いと気づいて、道も店も空いている深夜に都内で給油するようになった。
一方通行、右折禁止のラビリンスを抜けて大通りに出ると、いつもの給油地点まではあっという間。
軽自動車のタンクは小さくて、残った分に2000円分程注いだら、満タンになった。
距離だけで言えば2往復以上できそうなものだけれど、
4WDと上り坂、1~2速のローギアという悪条件は毎回タンクの60%ほどを消費してしまい、結構な不便さ。
午前4時台の首都高や中央道はとても快適。
晴天に恵まれて路面状況も完璧だから、制限時速ぴったりで淡々と進む。
かなり老け込んだこの軽バンは、これ以上速度を出すと、明らかに挙動・・・音が怪しくなる。
それでもまだ、僕とエドだけの時は幾分マシで、あと二人くらい乗ると、高速道路を走っていることが後ろめたいレベルだ。
2時間も経たないうちに初狩のパーキングエリアに付き、水分補給やお手洗を済ませる。
しかし、肌身離さず長物を持ち運ぶのは、なかなか不便だ。
この服装なら、周囲からはかろうじて、怪しげな音楽家にでも見えているのだろうか。
通報されて事情を聞かれようものなら、せっかく日の出目指して進んでいるのに、台無しだ。
一日のうちよく取れる日の出日の入りを逃してしまえば、ほとんど丸一日無駄にするも同じ。
猟師らしい恰好をしないことで通行人の皆さんにも心安らかに通り過ぎてもらえるのなら、Win-Winの関係という奴だ。
富士山や、長野方面の山はまだ白いけれど、ようやく、山梨のほうは遠景で真っ白い山は無くなってきた。
これなら、12月ごろから雪で入ることのできなかった雪山部分に、手つかずの状態で最終日に入られるかもしれない。
猟師たちはせっかちだ。
昭和前半の人たちがせっかちな気質であるということもある気はするけれど、
まず、老人は早起きで、狩猟可能時刻=日の出が最も獲物を捕れる時間であるということが身に染みているから
顔をみたら、急げ、急げ、という。
まだ狩猟の身支度や山での運転に慣れないうちは、集合場所に着く前にある程度準備しておかないと、
着いたらすぐ出発になって着替える暇がないとかいう酷い状況になりかねない。
もう、そういう経験を何度もしているから、集合時間の1時間くらい前に集合場所から30分くらいのコンビニに寄って、
装備の点検と、無線を持ち歩くための各種装着品などをつけてしまう。
法律上、銃を車に置いて持ち主が他の所に行ってはいけないし、猟に関係ない場所に銃砲をもって寄ってもいけない。
長距離移動系の都市在住猟師にはこれは結構引っかかる話で、どうしても安全管理上仮眠を取らないと危険だと思えば、
駐車場で車に乗ったまま銃をすぐ隣に置いて一休み。トイレを借りる時は肌身離さず持って行くしかない。
勿論、銃をむき出しにして街中を歩くのも違法だから、バッグに入れて輪郭が見えない形で持ち歩く。
どの猟友会でもそうというわけではないけれど、僕のお世話になっている所ではあいさつ代わりの差し入れを持って行く人が多く、
コーヒー、紅茶、エナジードリンクなんかを集合場所で有力者に配ったり、お互い交換する。
たぶんこれは明文化されていないけど厳然とした実在である指揮系統をお互いに確認する行為で、みんな集合場所についたら
貢ぎ物を持ってその日の最上位者である「会長」(猟友会なので)か「隊長」(猟隊と呼ぶ場合もある)と言葉を交わす。
大抵ここで数日間の猟の成果や今日の装備(犬を何頭連れて来たとか、車の調子が悪いとか)を報告して、配置方針の判断を仰ぐ。
この日は、かなりスムーズな移動が出来て、集合場所には集合の1時間前には着いた。
さすがに近所の古参達もまだ出て来ておらず、ズボンの上から防水のオーバーズボンを履いたり、猟友会ベストに入っている小物の
確認をしたり、狩猟刀の装備位置を調整したりして待つ。
「オカよぅ、今どこだぁ?」
師匠から、電話がかかって来る。
「集合場所にさっき着きました。」
「誰か来てっか?」
後ろで犬の鳴き声が聞こえる。
「いえ、まだいませんね」
「じゃあ、ぼちぼち準備して向かうだよー」
どうやら、まだ集合までかかりそうだ。
ケガ防止のために体操でもしておこう。
「よう。早いじゃねぇか」
「おはようございます!」
体操がひと段落着くころになると、会長が現れた。
この人は柄の悪さに反して声は細いが優し気で聞き取りやすい。残念ながら無線機越しだと聞き取りにくいが。
「何時に出てきたのけ?」
「今日は4時頃ですね。」
「随分早いじゃねぇか」
「はい。やはり空いた道がいいので。よかったら会長もコーヒーいかがですか。」
「オレァいいよ。それよか奴の調子はどうけ。江戸とか言ったか。」
「はい。体調万全で気合いも十分です。」
「奴は良い鼻してるけぇな。今日は走ってもらうど。」
「はい!」
「駆除やるようになってな、だいぶんこの辺も鹿減っただけんどもよ。今日は雪溶けて一回目だけんな。何かは出してくんろ。」
「そうですね。最終日ですし、何か出して追いたいところです。駆除やるようになって、減りましたか。」
「そうさな。村のすぐ周りには出るけんども、その先はめっきり見んくなった。春夏撃つとやっぱ違うな。」
「そういうものですか。」
「もう何年もしないうちに、駆除も無くなっぺ。」
そうか、猟友会の人数減少を考えたら僕にも駆除隊参加の声かけが来る可能性は十分あるかと思っていたけど、
もう減ってきているから積極的に誘ってないんだな。うーん、残念。
雪に覆われて移動制限がきつい1~3月以外も来られるものならどんどん来たかったのだけど、厳しいみたいだ。
いつのまにかそれなりに時間が経ったらしく、他のメンバーも加わる。
「会長そっちの畑はどの品種にすっぺ」
竹野さんは地元の犬師で、畑もやってる。ちょっと聞き耳を立てても僕にはわからない専門知識で
なにやら畑の出来栄えを褒めている。ある程度はお世辞もあるんだろうけど、お世辞いうにも前提知識が必要なわけで
その辺、十分な相互理解があることを強調できるよなとしみじみ。
「そうだ、オカはワラビ分かるかワラビ。」
「春に食う奴でしたっけ。」
「そーだ、そこに生えとろ?」
「おお、あれですか、葉っぱが横に開いた。茎に沿って三角形に放射しているというか。」
「それだそれ。覚えておいて取ってくるといい。」
ふーむ、やっぱり野草がまだ全然覚えられていない。
お師匠様の話は勉強になるなあ。
「オカモトさんよ、こいつの言ってる事なんでも信じちゃあ駄目だぜ。」
おや、竹野さんが水を差してきた。
「気づいたらこれ美味しいぞってトリカブトとか勧めて来るからよ」
「またまたぁwまあ、師匠が勧めてきたら食べますよ。それこそ天にも昇る味ってね。」
「かっかっかっ、分かってるじゃないかオカモトよぉ。」
お師匠様が機嫌よく笑ってらっしゃる。
まあ、僕は口数減らないからね。ちゃんと尊敬や服従をアピールできるときにアピールしないと。
それこそ、山ではいつでも生殺与奪の自由はお師匠様にあるわけで。
「今日はお堂の裏ぁ登りますか。」
「昨日見たけんど、池の山はつるっつるでダメだぁ。」
犬師の竹野さんと師匠の近況報告から、作戦会議が始まる。
僕の立場は師匠のおまけなので、分からない地名が出たらところどころ教えてもらいながら、基本的には師匠とだけのやりとり。
竹野さんは犬を連れてきていない。人の犬としつけをディスったのに・・・。
まあ、ある程度僕に任せられるという判断か。
「おう、今日はお前んとこのでやろう。」
会長がうちのエドを御指名。
軽トラックの荷台を覗いていたら、当然のごとく考えが読まれていたようだ。
「1ラウンド目で上手く拾えるといいですが。」
「そりゃあよう、おめぇが呼んで捕まえてやらねーとな。今回は狭いけ、捕まるど。」
老人たちの相槌がイマイチ読み切れていなかったようで、どうも場所はもう決まったらしい。
「こっちはまだ行っとらんど?オレが運転しよか」
「お願いします。」
山歩きをするとき、人数分の車で移動すると、頂上まで車で行って、山道を徒歩で下ると車を取りにもう一度頂上に行く羽目になる。
だから、集合場所に車を何台か乗り捨てて一台に2人乗り込むことがよくある。
基本的にお目付け役でもある師匠が僕の車に乗るのがお約束だ。
車の中から獲物を見つけた時少しでも早く車から降りて射撃可能なポイントまで走れるように、
助手席を僕に譲って、師匠が運転を申し出てくれた。
「お前の運転じゃいつまでも着かないからな!」
と思ったけど、僕が山道の運転で大分地元勢に後れを取っていることの方が大きいかもしれない。
いつも泣きそうになりながらくらいついてるんだけどなぁ。
「まだ若いかんら、10年もあれば慣れるど」
会長からのフォローが入る。
「川島だって最初は見てらんなかったっぺ」
「そうだそうだ、お前も何度も落としてぶつけて覚えないとな」
「今じゃすいすい行ってるど」
竹野さんも乗ってきた。
「けんどしゃべってたら鹿が消えちまうっぺ。行くべ行くべ。」
やっぱり、会長が急かし始めるいつものパターンになった。
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「やっぱり、猟師はせっかちだね」
「お約束、ですね。実際、遅れて出発したせいで、何もエモノが出ないと、切ないですから。」
「それで毎回オカモトが足を引っ張っている、と。」
「酷いですお嬢様・・・。」
「否定はしないのね」
リーゼお嬢様は、口角を上げて十分微笑んだ後、紅茶を口にした。
やっぱり、人の古傷をえぐって虐めるのが好きなのだ。この方は。
「さて、いつになったら猟の話になるのかしら。まだ山にすら入っていないじゃない。明凪も眠ってしまうわよ。」
「ううん。こういう話も私は面白いと思うよ?」
「ここからが山の中の話になって参ります。お任せください。」
やっぱり、お嬢様も猟師なのだと思う。こうやってなにかと急かしてくるのだから。
ところで、生でわらびを食べると、毒です☆




