品評会と買い物①
昨日の緊張に満ちた昼食会が明け、翌朝のこと——屋敷の大広間には、異様な緊張感が立ち込めていた。
「ひっ……! ヴァ、ヴァルハルト公爵様! 本日は最高の衣装と宝飾品をお持ちいたしました……っ!」
レインが前日に出した指示によって急遽呼び出されたのは、王都最高峰の仕立屋や商人たちだった。しかし、誰一人として大口の顧客を得た喜びなど浮かべていない。あの冷酷非道なレイン公爵からの突然の召喚である。「少しでも気に障れば店ごと潰される」と、誰もが青ざめた顔でガタガタと震えていた。
……ただし、その中に一人だけ、異質な存在が混ざっていた。
王都でその名を知らぬ者はいない高級仕立屋「カーマイン」のオーナーであり、かつてレインと同じ学園に通っていた同窓生、カーマイン・シザリオである。
周りの商人たちが氷のように冷え切った公爵の圧に平伏する中、カーマインだけは優雅に扇子をあおぎ、妖艶な笑みを浮かべていた。
「あら、相変わらず怖いお顔をしてらっしゃること。久しいわね、レイン」
「……カーマインか」
公爵相手に物怖じひとつせず、馴々しい口調で語りかけるカーマインの姿に、周囲の仕立屋や奉公人たちは息を呑んだ。
(ひ、ひぃぃぃっ!? 公爵様を呼び捨てに……!?) (あのお方は狂っておられるのか……! 相手はあの冷酷無比なヴァルハルト公爵様だぞ!? 即座に首が飛んでもおかしくない……っ!) (だが流石、噂通りの強心臓……! さすが王都一番のカリスマデザイナー、カーマイン様だ……!)
恐怖と驚愕、そしてかすかな尊敬の入り混じった視線がカーマインに集中する。しかし、カーマインはそんな周囲の反応などつゆしらず、しなやかな動作でオリヴィアの元へと歩み寄った。
「まぁ……! なんて可憐なお嬢様かしら。髪はまるで極上の金糸、お目は神秘的なエメラルド……! レイン、あなたからこんな天使みたいな子が生まれるなんて、神様も粋な悪戯をするものねぇ」
(それなーーーーーっ!!! 俺も毎日神に感謝してる!! カーマインお前分かってるじゃねぇか!!)
心の中で激しく同意し固い握手を交わす勢いの俺だったが、表面上は腕を組み、冷ややかな低音で言い放った。
「……余計な口を叩くな。始めよ」
「はいはい、相変わらず愛想のない男ね。——さあお嬢様、失礼するわね? あら、いい生地ね。この絹の質感、お嬢様の肌にぴったりだわ」
カーマインは手際よくオリヴィアに様々なドレスの生地やサンプルを当てていく。オネエ言葉でありながらも、その手つきは紛れもなく超一流だった。
(よしよし、商人たちも準備万端だな! さあ我が天使よ、思う存分ドレスを選んでくれ!!)
俺は心の中の大歓声をポーカーフェイスの裏に隠し、重厚な革椅子に深々と腰掛けた。隣には、緊張で小さな肩をすくめたオリヴィアが立っている。
商人たちが震える手で仕立て上げた最新のドレスが、カーマインの手によって次々とオリヴィアに着せられていく。
淡いピンクのドレスに着替えたオリヴィアが、おそるおそる俺の前に立った。
「あ、あの……お父様……。似合って、いますでしょうか……?」
(ふぁぁぁぁぁ!! 天使!! 可愛すぎて心臓止まるかと……ッ!)
溢れ出る親バカ感情を全力で殺し、俺は冷ややかに短く告げた。
「……次だ」
「は、はいっ……!」
(もっと! もっと色んな姿のオリヴィアが見たい!!)
俺の純粋な欲望によって、着せ替えラッシュが加速した。 清楚な純白のドレス、上品な紺のドレス、華やかな刺繍のドレス——。
「……次だ」
「……次」
だが、俺が短く冷淡な声をかけるたびに、オリヴィアの表情はどんどん暗く陰っていった。
(ああ……また『次』……。お父様を, 失望させてしまったんだわ……。私には、何一つ似合わないんだ……っ)
冷酷な父親からの厳しい品評だと思い込んだオリヴィアは、小さな手をぎゅっと握りしめ、消えてしまいそうなほど小さく身を縮こまらせていた。
しかし、自分の声が娘を追い詰めているとは夢にも思わない俺は、(金髪と翡翠色の瞳に何着せても完璧すぎだろ……!)と心内大爆発を繰り返すばかり。
そんな俺たちのやり取りを見て、カーマインは優雅に顎に手を当て、クスリと微笑んだ。
次も読んで欲しいな




