恐怖の昼食会①
屋敷の給仕室と厨房は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。
「いいか、これはただの昼食ではない……! あのレイン様がオリヴィア様と『同じ席』で食事をなさるのだ!」
「少しでもご不満があれば、我々の首が飛ぶぞ……! 命を懸けて最高のものをお出しするんだ!」
料理長をはじめとする奉公人たちは蒼白な顔で、まるで処刑台に上るかのような覚悟で料理を準備していた。
◇
そして、訪れた昼食の刻。
だだっ広くて豪華な食堂の長テーブルにて、俺とオリヴィアは向かい合って座っていた。
(……いや、距離遠すぎだろ!! 端と端に座ったら会話も聞こえねぇよ! 本当は隣に座って手取り足取り食べさせてやりたいのに……!)
心の中で激しく叫びつつも、ポーカーフェイスを崩せない俺。
向かいのオリヴィアを見れば、運ばれてきた豪華な料理を前に生きた心地がしない様子で、小さな手でナイフとフォークをカチカチと震わせている。一口も料理に手を付けようとしない。
(どうしたんだ……? 緊張しすぎて喉を通らないのか?)
俺は娘の様子が心配になり、低く落ち着いた声で尋ねた。
「……口に合わないか? なぜ食べない」
「ひっ……! あ、あの……っ、お父様……!」
怯えて肩を跳ねさせたオリヴィアだったが、次の瞬間、過去の恐ろしい記憶が脳裏をよぎり、全身を強い恐怖で震わせた。
——『お父様と呼ぶな。公爵と呼べ、この出来損ない』
かつて、幼い頃にそう言われて冷酷に突っぱねられ、容赦ない暴言を浴びせられたトラウマ。
オリヴィアは顔を土色にして、必死に言葉を訂正した。
「も、申し訳ございません……っ! こ、公爵様……っ!」
(えっ、『公爵様』!? なんでそんな他人行儀な呼び方!? え、俺ショックなんだけど!?)
娘からの予期せぬ冷たい呼び方に心の中で大ダメージを受ける俺。だが、ふとオリヴィアの皿の上に視線を落とした瞬間、前世で読み込んだ原作知識のスイッチが入った。
(待てよ……皿の端にあるあの野菜、確かオリヴィアの嫌いなやつじゃないか!?)
そう、俺は原作知識のおかげで、オリヴィアの好きな食べ物も嫌いな食べ物もすべて完璧に熟知していたのだ。幼い娘の皿に容赦なく嫌いな食材が盛り付けられているのを見て、俺の心の中にふつふつと怒りが湧き上がった。
(うちの天使に嫌いなもん食わせようとしてんじゃねぇよ!! 誰だこの献立考えたやつは!!)
俺は表情を完璧に殺したまま、じろりと背後に控えていた料理長を睨みつけた。
無意識に漏れ出たのは、冷酷非道な公爵としての圧倒的な威圧感。
「……料理長。貴様の腕には問題があるようだな。なぜ娘が一口も食べようとしない」
「ひっ……!? レ、レイン様……っ!?」
腕前そのものを責め立てる冷徹な一言に、料理長は蛇に睨まれた蛙のように硬直し、滝のような汗を流しながらガタガタと震え出した。
「な、何かの間違いでございますっ! 最高の食材と技を尽くした逸品で……っ!!」
弁明しようと必死になる料理長。その重苦しい沈黙を破ったのは、いつもオリヴィアの世話をしているメイドのマリアだった。彼女は全身をガタガタと震わせ、今にも倒れそうな様子でおそるおそる一歩前へ出た。
「お、お言葉ですが……っ、レイン様……っ! オ、オリヴィア様は……その野菜が、お嫌いなのです……っ!」
「……ほう」
俺はさらに重い圧力をかけながら、料理長へと視線を戻した。
「嫌いだと分かっていて、なぜ皿に盛り付けた。説明しろ」
部屋全体の温度が凍りついたかのような威圧感に、料理長は平伏しながら必死に言葉を絞り出した。
「ひぃっ……! ご、ご容赦くださいっ! オリヴィア様はお若いゆえ、栄養のバランスを考えて……健やかに成長していただくために、あえてお入れしたのです……っ!!」
(あ、料理長さんめちゃくちゃ娘の健康考えてくれてる良い人だった……! でも嫌いなもんは嫌いなんだよ!!)
心の中で料理長に謝りつつも、この冷酷な公爵のキャラを崩すわけにはいかない。
その恐ろしいやり取りを目の当たりにしたオリヴィアは、「私が嫌がっているせいで、みんなが処分されてしまう……っ!」と激しい恐怖に駆られた。
小さな手を必死で動かし、嫌いな野菜をフォークで刺すと、ぎゅっと目を瞑って無理やり口の中へと押し込んだのだ。
(あ、食った!? 無理して嫌いなやつ食べたぞ!? えらい! えらすぎる!! え、なにこの子、健気すぎて泣くんだが!?)
本当なら今すぐ「えらいねぇぇぇ!! 無理しなくていいんだよ!!」と駆け寄って抱きしめ、ベタ褒めしてやりたい。だが、ここでデレデレして公爵としてのキャラを崩すわけにはいかない。
俺は必死に溢れ出る親バカ感情を押し殺し、背筋を伸ばして冷徹な威厳を纏わせた声で、静かに告げた。
「……見事だ」
「……え?」
喉を鳴らして急いで飲み込んだオリヴィアが、涙目のままぽかんと口を開けてこちらを見た。
「己の嫌悪に打ち勝ち、克己心を示した。ヴァルハルトの血を引く者として、実に見事な態度だ」
冷徹な評価を下す姿勢を崩さず、けれどその目はまっすぐに娘の努力と根気を認めていた。
俺のその一言が食堂に響いた瞬間——背後に控えていたメイドのマリアや料理長、給仕たちの呼吸がぴたりと止まった。
(え……? い、いま、公爵様が……お褒めになられた……!?)
(あのお方が……誰かを、ましてや『出来損ない』と切り捨てていたオリヴィア様を承認なさった……!?)
「処分される」と覚悟して蒼白になっていた料理長は、信じられないものを見たかのように目を丸くし、口を大きく開けたまま固まっている。メイドのマリアもまた、あまりの衝撃に震える手で口元を覆い、何かの見間違いではないかと何度も瞬きを繰り返していた。屋敷中の奉公人たちが、あまりの出来事に大混乱へと陥っていた。
そんな周囲の動揺を余所に、俺は威厳を保ったまま給仕へと静かに合図を出した。
あらかじめ準備させていた、彼女の大好物である温かい甘いポタージュスープが、器に注がれて運ばれる。
「……褒美だ」
冷酷な公爵としての厳しい言葉に隠された、あまりにも不器用で確かな称賛。
周りの大人たちが困惑と驚愕で見守る中、オリヴィアは小さく首を傾げ、おそるおそる差し出されたスープを一口、口へと運ぶのだった——。
最近読んでくれてる人が増えてきて嬉しいです。これからも読んでくれてると嬉しいです。




