魔法練習①
レインとの誤解が完全に解けたオリヴィアは、胸いっぱいの安心感とやる気に満ち溢れた表情で、マリアと共に執務室を後にした。
自室に戻った後も、オリヴィアの勢いは留まることを知らなかった。
「マリア! 私、もっと勉強したい! 魔法の基礎も、世界にどんな魔法があるかも、全部知りたいの!」
「ふふ、素晴らしい意気込みですね、オリヴィア様。では今日は無理に魔力を使わず、教科書で知識を深めましょう」
二人は机を並べ、魔法の基本理論や多様な属性の特性について遅くまで熱心に学び合った。お父様の役に立ちたい、期待に応えたい――その一心が、オリヴィアを強く突き動かしていた。
◇
翌朝――。
朝日がヴァルハルト邸の庭園を爽やかに照らす中、オリヴィアは朝一番で家庭教師アルテの元へと駆けつけた。
「アルテ先生! おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」
「お、おはようございますオリヴィア様! 朝早くから素晴らしい熱意ですね!」
昨日まで「失敗したら一族ごと消される」と怯えていたアルテだったが、目の前の可憐で素直な少女の笑顔にすっかり毒気を抜かれ、指導にも力が入る。
庭園のひらけた場所で、さっそく火魔法の実技レッスンが再開された。
「ではお嬢様、昨日の感覚を思い出して、手のひらに炎を浮かべてみてください」
「はいっ……!」
オリヴィアがすっと目を閉じ、深く息を吸い込む。
昨晩マリアと学んだ魔力循環のイメージ、そして何よりアルテの丁寧な助言が、彼女の中で完璧に結びついた。
次の瞬間――ポッと灯る程度だった昨日の火とは比べものにならない、拳ほどもある澄み切った鮮やかな大輪の炎が、オリヴィアの手のひらに力強く立ち上った。
「えっ……!? こ、これは……っ!?」
アルテは目を見開いて絶句した。
それだけではない。オリヴィアが「こうかな……?」と指先を動かすと、その炎は意志を持った生き物のように形を変え、庭園の風に揺れながら美しい火の鳥のような輪郭を描き出したのだ。
「す、凄まじい上達速度……! 基礎を教えただけで、もう魔力の形状変化をここまで完璧に……!? これほどの才能、四大公爵家の中でも火魔法を司る『ランバート家』の直系でも滅多にいない……! まさかお嬢様は、お母様の血を極限まで色濃く受け継いだ『火魔法の天才』……!?」
アルテが感涙交じりに震えている頃――
庭園の隅にある大きな木の隙間から、その光景を食い入るように見つめる一人の男がいた。
(て、天才だ……っ!! 俺の娘はやっぱり天才だったんだぁぁぁぁっ!! 見たか今の炎の美しさ!? 形を変える繊細な魔力コントロール!! 天才! 神童! 世界一の愛娘!! 属性が違った? 関係ねぇ! 火属性最高! オリヴィア最高!!)
木の陰で、ポーカーフェイスの「氷の公爵」レインが、脳内親バカ全開で激しくガッツポーズを繰り返していた。
――が、その歓喜の絶頂の瞬間。
感銘を受けたアルテがふと視線を泳がせた先で、木の隙間からガッツポーズを決めているレインとバッチリ目が合ってしまった。
(ひっ……っ!?)
アルテの顔から血の気が引く。
一方のレインも内心パニックに陥った。
(しまっ……! 見られた!? 威厳あふれる冷酷な公爵が木の陰でガッツポーズしてる姿を見られたぁぁぁ!? やばいどうするどう誤魔化す!?)
パニックのあまりレインの手が激しく変な動きを繰り返す。
それを見たアルテの脳内では、絶望の誤解が大爆発を起こしていた。
(ひ、ひぃぃぃぃぃっ!? なになにあの手振り!? 親指を喉に滑らせてから拳を握り潰す動作……あ、あれは暗号手話でたしか『余計な口を叩けば一族皆殺し』という意味じゃなぁぁぁいっ!? 恐ろしすぎる!!)
死を覚悟して震え上がるアルテに対し、焦りまくったレインは冷徹な顔で「どうにかしろ(口パク)」と凄まじい圧の視線を送った。
「アルテ先生……? どうかされましたか?」
違和感を察したオリヴィアが首を傾げた。そしてレインが潜んでいる木の方へと視線を向ける。
「何かあるんですか……?」
てくてくと木へ近づこうとするオリヴィア。
命の危険を感じたアルテは、滝のような冷や汗を流しながら叫んだ。
「い、いいえ! なんでもありませんお嬢様! さあ、レッスンに戻りますよっ!」
「あ、はい! 分かりました!」
素直に振り向くオリヴィアを見て、レインは心底胸を撫で下ろした。
(あぶねぇぇぇ……! ナイスだアルテ子爵令嬢! 後で給料弾んでやるからな! よし、今のうちに退散だ……!)
レインは身をかがめ、ゆっくりと木の影から影へと移動し、バレないように忍び足で逃げ出そうとした。
――その時。




