魔法練習➁
さぁっ……と、庭園に心地よい一陣の風が吹き抜けた。
オリヴィアのポケットから、大切にしていた可愛らしい刺繍入りのハンカチがふわりと舞い上がり、吸い寄せられるように忍び足で移動していたレインの足元へと飛んでいってしまった。
「あ、ハンカチが……!」
オリヴィアがハンカチを拾おうと駆け出そうとする。
レインが移動した先(ハンカチの目と鼻の先)にいると気づいたアルテは、顔面を蒼白にして慌てて手を伸ばした。
「お、お嬢様! 私が拾いに行きますからいいです! そこへ待っていてください!」
「えっ? でも、先生にご迷惑をかけるなんて……自分で取りに行きます!」
元気よく走っていってしまうオリヴィア。そして――草むら付近でハンカチを拾い上げた瞬間、目の前に立つ人物とバッチリ目が合った。
「……あ、お父様?」
オリヴィアはぽかんと目を丸くした。
「どうしてここに……?」
冷や汗が背中を吹き出すレイン。脳内思考速度を限界まで加速させ、必死で言い訳を構築する。
すっと背筋を伸ばし、何事もなかったかのように平静を装って堂々と立ち尽くしてみせた。
「……ふむ。偶然だな、オリヴィア」
「偶然……ですか?」
「ああ。実は先ほど、一羽の珍しい鳥が我が邸の宝物庫から宝石を盗み去ってな。このあたりに落としたと聞き、探していたところだ」
レインはポケットを弄り、たまたま入っていた美しいカットの小さな宝石をスッと取り出して見せた。
「ちょうど見つけたところだ」
「そうだったんですね……! 鳥さんが宝石を盗むなんて、大変だったんですね……!」
ピュア100%の澄み切った瞳で納得するオリヴィア。
(騙してごめんよオリヴィアぁぁぁ! 鳥が宝石盗むとか我ながら苦しすぎるだろ! だが信じてくれてありがとう天使!!)
内心で平伏しながら、レインは咳払いを一つした。
「……では、俺はもう行く。レッスン、頑張るのだぞ」
「あ……お父様!」
立ち去ろうとするレインの服の裾を、オリヴィアの小さな手がキュッと掴んだ。
「あの……もしお時間があれば……私の魔法、見ていってほしいです……!」
上目遣いでおねだりしてくる娘。
即答して跳び付きたい衝動を必死で抑え込み、レインは「ふーむ」と思案するフリをした。
「……まあ、少しの時間なら構わん。見せてみろ」
「はいっ!」
嬉しそうに微笑んだオリヴィアは、アルテの前に立ち、先ほど習ったばかりの火魔法を披露した。
手のひらに現れる綺麗な炎、それが鳥の形になり、さらには小さな花の形へと変化していく。
「どうですか、お父様……!」
「……すごいな。まさか一朝一夕で、ここまで見事に魔力をコントロールできるようになるとは……」
レインは心からの称賛を込め、オリヴィアの頭を優しく撫でた。
「よく頑張ったな、オリヴィア」
「はいっ……!」
お父様に褒められたことが何より嬉しかったオリヴィアは、満面の笑顔を咲かせると、「こんなこともできるようになったんです!」「マリアと勉強した魔法です!」と、嬉しそうに次々と練習した魔法を披露して見せた。
「すごいぞ。……その調子で頑張れ」
娘の成長と愛らしさを存分に堪能したレインは、満足感と共に自室へと戻っていった。
◇
カチャン、と執務室の重厚な扉を閉めた瞬間。
「……すごすぎるだろ我が娘ぇぇぇぇっ!!」
レインは壁に手をつき、噛み締めるように独り言を叫んだ。
「なんだあの才能は!? 天才! 国宝! 世界の宝だろあれは!! 炎の花作ったときの笑顔見たか!? 女神か!? 女神の降臨か!? あぁぁぁぁ頑張って教えてくれたアルテ子爵令嬢にはボーナス10倍出す!! 本当にすごいぞオリヴィアぁぁぁ!!」
部屋の中で一人、娘の恐ろしいほどの才能と可愛さに悶絶し続けるレインであった。
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